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お知らせ

本ブログを訪問いただき、ありがとうございます。

最近更新が滞りがちですが、記事にしたいネタは多々あるわけでして・・・。

ぼちぼちと埋めていきつつ、新しい話題があれば順次更新していきたいと思いますので、時折のぞいていただければ幸いです。

←ちなみに、Twitterは比較的更新頻度が高いので、見ていただければ幸いです。


引き続き、よろしくお願いします。

2020年1月 1日 (水)

2020年のスタート

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

元日の午前中は、いつものように近所の神社に初詣。

曇っていますが、風がない分あまり寒さを感じません。
そのせいかどうか、例年より参拝者が多い感じがしました。

三が日は、自宅でのんびり過ごすつもりです。

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2019年11月24日 (日)

「市民の『第九』コンサート2019」

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今日、「市民の『第九』コンサート2019」の本番を迎えました。
舞台に立つのも22回を数えます。 

今年の指揮者は大勝秀也さん。
市民の第九の指揮は今回で4回目で、指導が的確で分かりやすい方。
合唱指導の先生の言葉を借りれば、「あまり細かく指示するような指揮をしないけど、気づけばみんなが指揮者の手のひらに乗せられて導かれている」演奏となりました。
 
今年は初めて、ステージに椅子(といっても木製で、箱馬のようなもの)が置かれ、合唱団は最初からステージに上がって、第1楽章から演奏を聴くことに。
(ソリスト<独唱者>は、いつもどおり第3楽章の前に入っています。)


例年は第1楽章の演奏時はリハーサル室で最後の発声練習をしている頃。
やはりステージで最初から生の演奏を聴くことは、合唱するまでに気分も高まります。
また、聴衆も途中で数分間合唱団が入場する時間で雰囲気が切られることがないので、これはいい試みと思います。

ただし、板の上に直接座るのでお尻が痛くなることもまた確かで、これは改善の余地あり。

ということで、今年の合唱は、結構いい出来ではなかったかと、手前味噌ではありますが評価しています。


終了後は、例年のように観に来てくれた友人たちと打ち上げて、2軒はしご。これが終わるといよいよ年末か、という気になります。
来年以降も、参加できる限りは続けていきたいと思っています。

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市民の「第九」コンサート2019
【プログラム】(当日配布のパンフより抜粋)

ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン作曲
交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱付」

<演奏>
指揮:大勝秀也
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
独唱:ソプラノ 盛 かおる
     メゾ・ソプラノ 大田亮子
     テノール  錦織 健
     バリトン 初鹿野 剛
合唱:市民の「第九」コンサート2019特別合唱団

2019年6月 3日 (月)

市民の「第九」コンサート、今年もスタート

 

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今夜は「市民の『第九』コンサート」合唱団の結団式&第1回練習でした。 

11月末の本番に向けて、今年もこれから半年の練習が始まります。 

 

練習ではまだまだ声は出ず、しばらくは昨年の本番以来歌ってない勘を徐々に取り戻していくことになりそう。 

 

結団式には河村名古屋市長が出席。 

それはいいことなんですが、「激励」と称する話の中身は、ほとんどが第九と関係ないもの。
毎度どっかで聞いたようなしょうもない、どこまで本当か分からない内容。
はっきり言って与太話で辟易しました…。 

2019年3月31日 (日)

さようなら、中日ビル。

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名古屋・栄にある中日ビルが今日閉館し、53年の歴史に幕を閉じた。
老朽化で建て替えは避けられず、いつかはこの日が来るとは分かっていたが、私自身、中日ビルは子どものころから最も親しんできたビルであり、閉館はとてつもなく寂しい。

すでに1月末でほとんどの入館施設は営業を終えていたものの、閉館前の3日間は「さよなら見学会」が開催され、ビル内の主要施設が開放されることになった。
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なかなか粋な計らいで、これはぜひとも行かねばと、最終日の今日、中日ビルへ足を運んだ。
見学会の様子とともに、思い出を記しておきたい。


見学会の受付は1階で。ここで、クリアファイル(先着500人のみ)と、リーフレットをもらう。
(リーフレットの表紙は「地球の歩き方」風だが、地球の歩き方編集室から許諾を得ている旨、裏に注釈があった)
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エレベーターでまずは屋上へ。エレベーターガールが復活しており、多分OGさんだろう。
屋上は夏季にビアガーデンとして開放されており、私も何度か行ったことがある。
かつては回転レストラン「ばるーん」があったが、2000年代初めに閉店してしまった。
(左下の写真の右側にあるのが回転レストラン跡。)
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12階は「クラブ東海」。会員制サロンゆえ、入ったのは初めて。ここの大会議室は、中日ドラゴンズ関係の会見が開かれた場所でもある。
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9階は中日劇場。
高校生の頃からミュージカルや芝居を観に何度も通ったが、どこに座っても観やすい劇場だった。
名古屋に専用劇場ができる前は、劇団四季の公演は中日劇場で上演されていたのでよく行ってたし、「レ・ミゼラブル」の最初の公演を観たのもここ。
建て替え後のビルに劇場が造られないのは残念である。

昔をしのびながら座席に腰を下ろすと、しばらく動けなかった。もう二度と来ることはないかと思うと寂しい。
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5階は中日パレス。ここも宴会やイベントで何度となく利用した場所だが、心地よく過ごせた記憶しかない。 
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4階は中日文化センター・医療コーナー・全国センター。
中日文化センターは大学3年・4年とアルバイトしたところ。大変居心地がよく、勤務も学生の自主・自律に任されていたいい時代だった。
もう四半世紀前ゆえ、当時とは様子が随分変わってしまった。文化センターは移転して今も健在だけど、学生バイトはなくなってしまったと聞いた。
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医療センターは数件の医院が入居しており、何度も入れ替わりがあった。
通院したことはないが、昔、伯母がここで看護婦(まだ看護師とは称していない時代)として勤めており、名古屋市内に住んでいた唯一の親戚だったこともあって、大変良くしてもらった。勤め先に行ったこともあるし、ビルの1階で待ち合わせて食事をごちそうしてもらったことも何度もある。その伯母も4年前に亡くなり、中日ビルも閉館とあって、完全に昔の思い出となってしまった。
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全国センターは各県の事務所が入っていて、何度か観光パンフなどをもらいに行ったところ。
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1階を通り越して、地下2階へ。
中日ビルへは地下街から入ることが大半で、ここが玄関のようなものであった。
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中日ビルには飲食店も数多く入っていて、私もよく利用させてもらった。
とりわけ利用したのがあんかけスパゲッティの店「チャオ」で、入居施設の中で唯一今日まで営業。
敬意を表するのとお名残をあわせて、昼食はここで。
チャオ自体は市内にいくつか店があるが、この地からなくなってしまうのには特別な思いがある。
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食後、1階ロビーへ。
ここも待ち合わせによく使った場所で、思い出がいろいろ頭を巡り、何度かロビーと外を行き来してしばし佇んだり、写真を撮ったりして、しばらく立ち去り難かった。
なお、大理石やタイルで描かれた天井画は、建て替え後のビルに残されるとのこと。
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ロビーの一角にメッセージボードがあって、多くの人がそれぞれの思いを書き記している。普段はまず書かないが、私も謝意を書き残した。
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思い出がいっぱい詰まった中日ビル。
閉館は残念だけど、最後に来られてよかった。
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さようなら、そしてありがとう、中日ビル。


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