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2006年11月12日 (日)

中日はなぜ日本シリーズで勝てないのか

アジアシリーズはファイターズが苦戦の上制し、日本代表がアジアチャンピオンの座を守った。ファイターズの皆さんには心からお祝いと、ここまで戦ってきたことにお疲れさまと言いたい。

さて、これで今年の公式戦が終わったんで、締めくくりの意味を込め、ひょっとしたらこのアジアシリーズに出ていたかもしれない中日ドラゴンズについて語っておきたい。

去る11月3日に、中日ドラゴンズが名古屋市内で優勝パレードを行い、主催者発表で35万人の人が沿道に詰めかけ、優勝を祝ったとのこと。日本シリーズに惨敗したことで盛り上がりがどうかと思ったが、盛況だったようで何より。

ややもすると、日本シリーズに負けるとリーグ優勝の価値までなくなってしまうかのような評価になるのは気の毒である。146試合のペナントレースを戦い、優勝したことには変わりなく、このことに関しては素直に敬意を表したいし、そうすべきと思う。

それはそれとして、以前にも書いたが、僕はアンチドラゴンズである。

アンチドラゴンズになった理由は後述するが、まずは表題の「なぜ中日は日本シリーズで勝てないのか」について僕なりの分析を。

一言で言えば、「過信」である。

今年を例に取れば、「(あんなちゃらちゃらした)日本ハムに負ける要素などどこからみても一つもない」

という、ある種のうぬぼれがあったのではないか。

あわよくば、4勝0敗か4勝1敗で勝つつもりでいたのだと思う。それが2戦に負け、3戦にも負けたことによって、「こんなはずではない」という焦りでプレーが硬くなり、ミスは出る、肝心なところであと1本が出ない、ということになってしまった。いきおいベンチ全体の雰囲気も暗くなってしまい、5戦などは、テレビで見ていても全く勝てる感じがなかった。

中日が絶対勝つべきだったのは初戦よりも2戦であったろう。日本ハムにしてみれば、2戦に負けて札幌へ戻るのは嫌だったはず。同じ1勝1敗でも、2戦に負けてのものであれば、果たして札幌であれほど勢いがついたかどうか。

落合監督は敗北後、「日本シリーズの雰囲気がしなかった」とコメントしたが、そうしたのは監督自身である。4戦終了後の「ちょっと調子こいてたところがあった」発言など、日本シリーズ(あるいは日本ハム)をなめてかかっていたとしか思えない。

2年前、西武ドームで王手をかけながら本拠地で連敗したことを忘れてしまったのだろうか。あの時も、王手をしたことで「もうこの勝負もらった」という気持ちになってしまったことが落とし穴だったのだが、今回ははじめからそんな気分であれば、ちょっと調子が狂ったときに建て直しがきくわけがない。やはりペナントレースと短期決戦である日本シリーズは違うのだ。

1999年に福岡ダイエーホークスと戦ったときも同じで、ホークスでこの年2ケタ勝利をあげた永井智浩や星野順治といった投手をなめてかかって返り討ちにあい、1勝4敗で名古屋でのホークス胴上げを許したことの反省は全く生かされていない。

ここ3回のシリーズ開幕前の下馬評はいつも「中日有利」なのに、結果は無残ということをよく考えるべきだろう。もう少し謙虚にシリーズに臨むことが必要と思う。


さてさて、名古屋人でありながら僕はなぜアンチドラゴンズなのか。

理由は主に、

1 ひいきの引き倒し的な周囲のムード

2 球団の体質

3 僕自身の生い立ち

に集約される。

まず1だが、アンチドラゴンズと言っても、選手や監督で嫌いな人は少ない。井端や岩瀬などはむしろ好きな選手だし(岩瀬は大学の後輩とでもあるし)、星野監督は今でも好きだし、落合監督もマスコミへの発言に問題があるものの、嫌いではない。

問題は、ドラゴンズを取り巻く環境にある。どうもファンが比較的甘い。ひいきの引き倒しというやつで、チームが不甲斐ないときは、ファンがもう少し厳しくならないといけないのではないかと思うときがあるのだ。このファン気質にどうもなじめない。

2は、人を大切にしない、殿様商法を続けてきた球団への不信である。

特に、監督を大切にしない。いわゆる「外様」の山内監督、山田監督を休養させただけでなく、生え抜きの高木監督や星野監督(再登板のとき)のやめさせ方をみると、もう少しやり方があるだろう、と思う。また、田尾・谷沢・大島といった主力選手に、今ひとつ中日OBの雰囲気を感じないのも、あんまり人を大切にしないからではないのか。

星野仙一なども、親会社筋と折り合いが悪くなったとかで、今や全く中日OBの雰囲気がない。数少ない全国区の人だけに、味方にとどめた方が賢いと思うのだが、そういう発想もないらしい。

殿様商法の典型は、ナゴヤドームオープン時のチケットの売り方だ。一般発売する席を内野は5階席だけにし、階下席はすべてシーズン席。初めてナゴヤドームへ野球を見に行ったときは、一般客が階上席に押し込めてられているいる感じがして(それなのに一番高い席で5500円もした)、あまり良い気分ではなかった。

最初はそれでも毎試合完売状態だったのが、次第にジリ貧になり、シーズン席は売れなくなったため、結局現在は階下席も一般発売し、階上席は値下げして自由席とした。やらないよりましだが遅きに失した感じで、ナゴヤ球場時代から長らく、営業努力をしなくてもそこそこ客が入ったため、それにあぐらをかいたツケがまわったということだろう。これまでファンを粗末にした分、きっちりお返しをしていってもらいたいものだ。

こうしたことにあんまりファンが声を上げた気配がないのも残念で、それも「甘い」ということにつながる。

付言すれば、階上席と階下席に別れてしまっているナゴヤドームの構造が、応援の一体感をそいでいるのは不幸な事で、札幌ドーム・ヤフードーム・甲子園・千葉マリンといったところとの差が現れてしまうのだ。そういう意味では、ナゴヤドームと京セラドームは欠陥ドームと言わざるを得ない。

最後の理由は、僕は名古屋生まれの名古屋育ちだが、血統的には父が九州・母が三河(愛知県の東半分)出身なので、名古屋を含む「尾張」の血はひいていないことにある。父の影響で、子どものころはジャイアンツファンだったのだ。

また、小学校の頃は「ドラゴンズファンでなければ人にあらず」という雰囲気だったことも、もともと押し付けに反発する性格の僕には、一層アンチドラゴンズになるのに充分な理由であった。

もともと、僕にはドラゴンズファンになる要素がなかったし、好きになる後天的な要素もなかった、ということだろう。

・・・でも、なんだか熱く語っちゃったのも、「嫌い嫌いも好きのうち」ということなんでしょうかねえ。決して認めませんけど(笑)。

要するに、好き嫌いにかかわらず、住んでる街に球団があり、野球ファンである以上は、その球団の動向には注目せざるを得ない、ということです。ハイ。

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