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2007年5月

2007年5月28日 (月)

衝撃

Zardcd070528_22230001















ひとつ目は、このニュース。

<ZARD>坂井泉水さん死去 病院のスロープから転落(毎日新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070528-00000024-mai-soci


がんを患っていたことも知らなかったが、かつてはCDをよく聞いていただけに、突然の訃報には衝撃を受けた。

不慮の死は、当人が一番心残りだろう。非常に残念の一語に尽きる。


もうひとつは、松岡利勝農林水産大臣の自殺。

現職大臣の自殺の報はかなりの衝撃だった。非常に痛ましいことではあり、死を選ぶということは他人にはうかがい知れない理由があったのだろうとは思うが、それでも、素直に残念だ、という気持ちにはなれない。

政治家の身の処し方としては、きわめて無責任であると言わざるをえないからだ。

「ナントカ還元水」の事務所費の疑惑やら、「緑資源機構」の関連団体から献金を受けていた問題やらで国会で追及され続けたのも一因ということになるのかもしれないが、一国の大臣である以上、追及を受けることは当然のことであり、それに対してきちんと説明するなり、辞任するなりすることがことが責務だろう。

本当にこれが原因で自殺したのならば、大臣・政治家という責務をわきまえていないとしか言いようがなく、全く同情しない。

凶弾に倒れて前途を絶たれた伊藤一長・前長崎市長のことを考えれば、きついことも言いたくなる。

この人は「西のムネオ」などと言われていたが、本家ほどの図太さはなかったということか。

いずれにせよ、気分の重い夜である。

2007年5月27日 (日)

大相撲夏場所総括

白鵬が2場所連続優勝を全勝で飾り、場所後の横綱昇進を「文句なし!」のものとした。

場所の序盤はちょっと土俵際の詰めに不安があったが、段々内容がよくなり、終盤はまさに横綱相撲。

優勝インタビューで、「強い横綱をめざす」と言っていたが、強さだけでなく、品格も抜群な横綱になって欲しい。先輩朝青龍の悪いところはくれぐれも見習わないように。

また、土俵入りも不知火型に決まったとのコメントもあった。彼の不知火型の土俵入りはかなり映えるものになるだろう。大いに期待したい。

不知火型は宮城野部屋を再興した吉葉山の型であり、立浪一門の伝統でもあるので、すんなり決まると思っていたら、「不知火型は短命だから・・・」と、当人が難色を示したという一部報道もあったので、ちょっと気をもんでいた。

まだ若いし、自分で「短命でない不知火型横綱」になればいいだけのこと。確かにここ何人かの不知火型の横綱は短命ではあるが、羽黒山は12年横綱の地位にあったのだし、全てにあてはまるわけではない。

白鵬には、ぜひ新しい不知火型横綱の歴史を切り拓いていってもらいたい。


10勝に終わった朝青龍。千秋楽の白鵬戦は、負けこそすれ意地を見せたいい相撲だったものの、あとの3大関には完敗であり、集中力が切れたようなところもあった。

足を打撲したとか、ひじを痛めたとかいう話も伝わってきたので、それが影響したこともあろうが、それだけが原因ではなかろう。後半の相撲内容の悪さは、要するにけいこ不足でスタミナ切れということではないかと思う。

相手を痛めつけるだけのけいこでは、実にならない。土俵上でのけいこを充実したものにしないと、これから下降線をたどる一方になる。ようやく一人横綱を脱したのだから、白鵬と切磋琢磨して、心技体が充実した横綱として再起して欲しいものである。


魁皇・千代大海の両大関は、一応の存在感を見せたといえるだろう。まだやる気になれば朝青龍に勝てるのだから、もうひと頑張りを期待。

琴欧洲は影が薄かった。良かったのは朝青龍戦だけ。あとは負けた相撲は内容が悪すぎ、勝った相撲も今ひとつという感じで、魁皇・千代大海より年寄りのような印象である。自分より後に大関になった白鵬に先を越されたのだから、心機一転して欲しいものである。


琴光喜が12勝で、ご当所場所である名古屋で大関取りに挑むことになった。12勝も、また大関に挑戦することも正直全く予想外、嬉しい誤算というところ。こうなったら、何としてでも大関になるんだという強い気持ちで名古屋場所に臨んで欲しい。

僕の望みはただひとつ、「朝青龍に勝って大関昇進」である。


新関脇安馬は、千秋楽に勝ち越して関脇の座は守ったが、あんまり存在感がなかったという印象。期待の若手、琴奨菊・豊真将・稀勢の里もパッとせず。稀勢の里は完全に伸び悩み、という感じで、1から出直しを図らねばなるまい。豊真将は立会いを磨かないと、上位には通用しない。琴奨菊はちょっと相撲が消極的になっている気がする。栃煌山はまだまだこれから。

次代をになってもらわないと困る若手力士たちには、とにもかくにも、このままずるずる落ちないように、一層の精進を期待する。


続いて三賞受賞者。安美錦はやはり横綱戦に尽きる。結果的に、一門の白鵬を大いに援護したことになった。出島は、初優勝の時以来の三賞だそうだが、最後まで優勝争いをしたのは立派(元大関にはやや失礼な言い方かもしれないが)。朝赤龍は、下位で大勝、上位で大負けというパターンが多いので、今場所はある意味当然?の結果か。

3人とも常に上位で取って欲しい人たちなので、来場所失速しないことを祈る。


新入幕の龍皇。10勝したんだから敢闘賞をあげてもいいと思うんだが、いささかけちくさい。十両で14勝した把瑠都は、やはり十両では格が違うことを示した。この人も慢心とけがさえなければ大成すること間違いないはずなので、とにかく強引なというか、めちゃくちゃな相撲は封印して、けがしないようにしてもらいたいものである。


さて、7月名古屋場所は久しぶりの2横綱であり、琴光喜の大関挑戦と、今から非常に楽しみ。みんないい状態で場所を迎えることを期待する。

2007年5月22日 (火)

今日驚いたこと

その1。朝青龍が敗れたこと。

いくら安美錦が相撲巧者で今場所好調といっても、昨日までの相撲を見てると負ける感じがしなかったのでねえ。

NHKのニュースで見た限りでは、ちょっと相撲が雑だった印象。それはそれとして、どうしてこの人は負けた後にああも往生際の悪い態度を取るのだろうか。良く言えば勝利への執念なのだろうが、最高位にある者の振る舞いとしてはみっともないことこの上ない。負けても堂々と引き上げればいいのに。

プロ野球だって、いい打者ほど三振しても堂々とベンチへ引き上げてゆくではないか。


その2。上司が鉄道好きだと知ったこと。

時系列としてはこちらが先なんですが、今日、課長と係長のお供で用務先へ出かける途中の会話。なぜかケータイの着信音の話になり、

課長「俺はこれだ」と、「チャンチャンチャンチャチャン」(=東海道新幹線で駅到着前放送で流れるチャイム)の着信音を鳴らしたところから、課長がかなりの鉄道好きだということが判明。

それから「おいらん車」がどうだとか、少々マニアックな話になり、係長は苦笑しつつあきれ、僕が話についてゆくという展開に。

僕ですか?「旅行好きなんで、極端にマニアックな話以外なら分かりますよ」という程度の答えにしときました。とりあえずは。

いやはや、いい上司を持って幸せですが、僕の正体がばれんように適度な会話を心がけねば(笑)。

2007年5月20日 (日)

大相撲夏場所前半終わる

星の上では横綱・大関陣が全勝か1敗という、予想もしていなかった充実ぶり。

おまけに平幕で全勝が2人いるのも、最近にない展開である。竜頭蛇尾にならぬよう、最後まで目を離せない優勝争いになることを願う。


横綱・大関陣では、朝青龍と白鵬が全勝を守った。

もっとも望ましいのは、千秋楽に全勝で対戦することなので、そうなるように頑張って欲しいもの。2人とも、相撲内容は段々よくなっているので、油断さえしなければ可能性は高いとみる。

白鵬は3連敗中だった稀勢の里に勝ったことで、ひとつの山を越えた。これからも山ばかりだが、何とか乗り越えて、綱をつかんで欲しい。

朝青龍はこのまま行くだろうなあ。魁皇が息切れせずに横綱戦を迎えることができれば面白いと思うけど・・・。

注目は千代大海・魁皇・琴光喜の後半戦の戦いぶりだろう。この3人が全勝力士を複数倒すことになれば、優勝争いは相当面白くなる。今の調子が最後まで続くことを願いたい。

特に琴光喜。今場所こそ朝青龍を倒せ。

2007年5月15日 (火)

35年前と75年前の「5月15日」

35年前の今日、1972年(昭和47年)5月15日は、沖縄の施政権がアメリカから日本に返還された日である。

いまだに米軍基地は残り、沖縄戦を巡る歴史解釈がゆがめられるなど、改めて考えなければならないことは多い。

沖縄は個人的には大好きなところで、機会あれば何度でも行きたいところだけれど、単なる観光地ではないことは、心の片隅に留めておくべきだと思う。


75年前の今日、1932年(昭和7年)5月15日は、時の首相犬養毅が海軍将校に殺害された日である。

動機は違えども、今年4月には伊藤一長・長崎市長が刺殺され、いまだに暴力で気に入らないものを抹殺する事がまかり通ってしまう。

昨今の風潮は、75年前と同じく、この国はなんだか右傾化しているのではないかと思える。

戦前のようなことにはならない、と誰が言い切れるのか。


日本の将来について、真剣に考えてゆかないと大変なことになる。

2007年5月13日 (日)

大相撲夏場所初日

場所前のお騒がせニュースが多い今場所。

珍しく、横綱・大関陣が安泰の幕開けであった。

綱取りを目指す白鵬。一気の寄りで勝ったが、若干詰めに不安を残す内容。気が焦って土俵際で墓穴、という相撲が今後ないとよいのだが。

それでも、過去の横綱挑戦の場所はいずれも初日黒星、ということを考えれば、まずはいいスタートを切ったといえるだろう。明日以降、じっくりと落ち着いた内容で白星を重ねることを望む。



朝青龍は豊ノ島との「因縁の対決」であったが、やはり豊ノ島の状態がよくなかったので、今日の相撲では今場所を占えない。

その代わりといってはなんだけど、「因縁の対決」となったことについて触れておく。

けいこで駄目押しして相手にけがをさせるなどというのは言語道断である。けいこ場で強さを見せつけることは横綱として当然すべきことではあるが、あくまで「まともな内容で相手を圧倒して、けいこをつけてやる」のを目的とすべきもの。まともな相撲でけがするのならやむをえないが、暴力に近い行為でけがをさせられてはたまったものではない。

相撲界の看板である横綱なのだから、師匠任せではなく、相撲協会全体でもっと指導をすべきだ。朝青龍には角界の最高位たるものに必要な自覚がなさ過ぎる。

白鵬も朝青龍ほどではないにしろ、荒っぽい行為をして問題になっている。やはり横綱が範を示さないと、悪いところだけまねをする者が増えかねない。



今日は、露鵬がまたぞろ何かしでかしかねない雰囲気を持っていた。「待った」が認められず、勝負がついたことに相当不満だったようだが、行司なり、審判なりが止めない限りはどうしようもない(行事や審判の判断が適切かどうかは別問題)。支度部屋で暴れていないといいのだが。

不本意であることは分かるが、基本的に、「待ったなし」であること、相手との呼吸があってはじめて立会いが成り立つ、裏を返せばお互いの合意がないと「待った」も成り立たない(強制的に止められるのは行司と審判だけ)ということが分かっていないのではないか。

それもこれも、相撲を単なる格闘技としか思っていないゆえとしか思えない。そこら辺から再教育しないと、悪弊を残す。


旭天鵬の自動車運転問題は多少次元を異にするが、自覚がなさ過ぎる、ということに尽きよう。1場所出場停止というのもやむを得まい。


ともかくも、相撲内容で盛り上がる場所になることを望みたい。

2007年5月 9日 (水)

暑かった・・・。

まだ5月初旬だというのにもう真夏日。

職場はまだ冷房が入らず、ただでさえ暑がりの僕にとっては、ひたすら暑いの一言のみ。

大袈裟でなく、熱中症になるかと思ったくらい。(やっぱり大袈裟か?)

かき氷を食べたーい、と心から思った1日でありました。


これも地球温暖化の影響なんだろうか。それにしても真夏日というのは早すぎる。

まだ夏気分にはなれないので、もうちょっとゆっくり暑くなって欲しいものである。

2007年5月 7日 (月)

引退と訃報

大関栃東が引退を表明した。

体力の限界とか、けがとかが直接の原因ではなく、高血圧や脳梗塞といった健康不安によるものゆえ、やむをえないとは思うものの残念である。

度重なるけがで、大関から2度陥落しても1場所で復帰したことは特筆に値するが、反面、朝青龍と互角に戦う力がありながら横綱に届かなかったことは惜しまれる。

活躍を期待していただけに、時には厳しいコメントもしたが、ともかくも、満身創痍の中ではよくやったというべきだろう。今後は、体をいたわるとともに、彼の持ち味であった、巧さや力強さを備えた力士の育成に力を注いでもらいたい。


訃報は、あまり触れないつもりでやってきたが、今日は例外的に。

文学座の中心的存在であった俳優・北村和夫さんが死去。

NHK朝ドラ「ちゅらさん」で、一風館の住人(後に大家の夫)役で、さすがという存在感を示していた。あのキャラクターがもう見られないのは悲しい。

3月には植木等さんも亡くなったし、いい役者がだんだん亡くなってゆくのは、人はいつか死ぬとは分かっていても残念なことである。

2007年5月 5日 (土)

文化的な1日〜その4・徳川園・徳川美術館

ピースあいちの訪問で、今日行きたいと思っていた施設には全て足を記したのだが、まだ時間がある。
さてどうしようかと思った時、徳川園が未訪だったのに気づいたので、即決。そういえば、徳川美術館も改装前に1度行ったっきりのはずである。

文化的な1日〜その4・徳川園・徳川美術館文化的な1日〜その4・徳川園・徳川美術館

まずは閉館時間の早い徳川美術館へ。隣の蓬左文庫と共同で「尾張の殿様物語」という特別展が開かれており、歴代藩主ゆかりの文物が展示されていた。
素人目に見ても史料価値の高そうな物ばかりで、当時の息吹がよく感じられるのは、さすが徳川さんである。

徳川園のほうも、名古屋にこんな落ち着いた庭があったのかと、今更ながらの発見をした感じであった。

文化的な1日〜その4・徳川園・徳川美術館文化的な1日〜その4・徳川園・徳川美術館

美術館にしろ、庭園にしろ、もっと名古屋内外の人に知って欲しい名所だと思う。

なかなか、改めて勉強になったことも多い、充実した1日だった。

文化的な1日〜その3・ピースあいち

文化的な1日〜その3・ピースあいち文化的な1日〜その3・ピースあいち文化的な1日〜その3・ピースあいち

「戦争と平和の資料館・ピースあいち」は、昨日(2007年5月4日)開館したばかりの施設。

もともとは、愛知県と名古屋市が戦争資料館の建設をするはずだったのが、財政難によって全く進捗しなくなったため、NPO法人が中心になってようやく開館にこぎつけたもの。

建物の規模は小さいが、展示資料はかなり充実している。
愛知県内の空襲についても詳しく触れられているし、被害だけでなく、加害の実態についてもきっちり押さえてあるのもいい。

ここの展示をきっちり見れば、「15年戦争(=満州事変から敗戦まで足かけ15年にわたる戦争の歴史)」の実態がよく理解できる内容になっていて、きわめて満足度の高いものであった。

中でも、「戦争と命・死」をテーマにした、「兵士の死」「アジアの民衆の死」「沖縄の死」「空襲の死」「原爆の死」の組写真は胸に刺さった。

昨日は各局のニュースでも紹介され、今日の中日新聞の記事にもなっていたせいか、かなりの人出。お年寄りから子どもまで、幅広い世代が訪れているのは結構なことであり、今後も多くの人に訪れてもらい、戦争と平和について考えてもらいたい施設である。

オープンの喧騒が落ち着いたら、もう一度ゆっくり訪れたいと思う。


※追記(5/22)

交通案内を以下に。これまで気がきかなくてごめんなさい・・・。

1 地下鉄東山線上社駅(4番のりば)から市バス「上社11」(右回り上社行き、または若葉台行き)で「じあみ」下車、バスの進行方向と反対側へ歩き、「地アミ」交差点を右折して直進すると、右手にあります。(バス8分+徒歩3~4分)

2 地下鉄東山線一社駅1番出口を出て右方向(坂を登る方)へひたすら直進、3つ目の「よもぎ台」交差点にたどり着くと、右前方にあります。(徒歩15分くらい)

時刻検索は名古屋市交通局HPからどうぞ。

文化的な1日〜その2・文化のみち二葉館

文化的な1日〜その2・文化のみち二葉館

「文化のみち二葉館」は、大正時代、川上貞奴が住んでいた建物を移築・復元した施設。

復元ゆえ、どうしても新しさが目につき、大正期の雰囲気いっぱいとは言い難いが、それなりの雰囲気は味わえる、というところ。

城山三郎が資料を多数寄贈し、書斎が復元されているなど、郷土にゆかりのある文学者の著作や資料に、なかなか見るべきものが多かった。

文化的な1日~その1・名古屋市博物館

文化的な1日
連休も早や終盤。
いくつか行きたいところがあったので、心身のリフレッシュをはかるべく出掛けることに。
名古屋市交通局が「ドニチエコきっぷ」というかなりお得なものを出しているので、これを片手に…。

まずは名古屋市博物館で「特別展 本丸御殿の至宝 重要文化財名古屋城障壁画」を観る。
さすがに徳川家が狩野派に書かせただけのことはあり、一見の価値はある。
会期後半には作品が入れ替わるので、また行かなければ。

(※追記:入れ替え後、5月19日に行ってきました。)

特別展の入場券で常設展「尾張の歴史」も観れるので、せっかくだからこちらものぞく。
この常設展は、僕が子どもの頃から同じテーマで、小学生時代は随分通った。
戦時下の生活や、戦争についての展示が充実しており、空襲の記録などを心に刻んだものであった。


ところが、入ってみると、昔より室内が明るい感じになっているのはいいとして、戦時下の展示がかなり少なくなっている。
また、記憶では伊勢湾台風の展示もあったように思うのだが、こちらは皆無。

何だか近現代をはしょる高校日本史の授業のようなことになっており、極めて残念であった。

2007年5月 3日 (木)

憲法記念日に考える。

今年は、日本国憲法が施行されて60年の節目である事に加え、国民投票法案が国会で審議されていることもあって、憲法に関する論議が盛んだ。

しかしながら、その中身はといえば、深みのないものが多く、あれよあれよという間に時の権力者の都合のいい方向に向かおうとしている状況は危険といわざるを得ない。

「国民投票法」を定めること自体は、憲法96条を具現化するものであり、それ自体は否定するものではない。問題は、なぜ議論の深まりもないまま法案成立を急ぐのかということである。衆議院を通過するまでの過程からは、日本の最高法規の改正手続きを定めるということに対する真剣さというか、重さが全く伝わってこない。

要するに、自分の任期中に憲法を改正したい安倍首相が描くスケジュールに合わせて事が進んでいるのだろうが、そもそもなぜ憲法を改正する必要があるのか、彼の話からは全く理解できない。

「アメリカに押し付けられた憲法だから、自らの手によるものを」云々という発言もあったが、こんな陳腐な議論を理由に据えるのは全くのナンセンスである。この言が説得力をもつためには、現憲法が国民の大多数に受け入れられていないという事実が必要ではないかと思う。

とてもそうとは言えまい。であるなら、主権者たる国民が是としているものの出自をわざわざ問う必要性があるのかどうか。

問われるべきは中身である。「アメリカ押し付け」などと叫ぶ人たちは、「純国産」の大日本帝国憲法下で日本は破滅し、「アメリカ原産」の日本国憲法下で平和を享受し、発展してきたことについてはどのように説明するのだろうか。

(ついでにいえば、普段はアメリカべったりなのに、どうして憲法は「アメリカ原産」ではいけないの?)

憲法の原案は確かにGHQ(≒アメリカ)の手によるものだが、日本国憲法公布までの過程、すなわち大日本帝国憲法の改正手続きは、GHQが超法規的措置で行ったわけではなく、大日本帝国憲法に定めたとおりの手続きを踏んでいるのだ。

また、「憲法が時代に合わなくなっている」という論もよく耳にするが、具体的にどの部分を言っているのか、これも明確に納得できる説に出会わない。

そもそも、憲法にあれもこれもと細かい話を、時代に合わせて盛り込もうなどと考える事自体が無理なのではないか。最低限の枠を憲法で定め、あとは個別の立法にゆだねる、と考えれば、現時点においても今の憲法で充分対応できているわけで、特段不都合があるとは思えないのだが。


結局のところ、憲法を改正したいということは、第9条を変更したいということに他ならないのだ。それを正当化するために、「押し付け」だの「時代に合わない」だのと、理由づけしているに過ぎない。

アメリカと一緒になって集団的自衛権を行使したいとしか思えない現首脳にしてみれば、憲法解釈によって自衛隊を保持し、海外派遣までは可能になったが、集団的自衛権の行使だけはどう解釈しても不可能なゆえ、改憲をということだろう。

しかし、なぜ集団的自衛権を行使する必要があるのか、まともな議論を聞いたことがない。やれ北朝鮮の脅威だとか、日米同盟強化のためだとか、「普通の国」にならなければ、とか、上っ面の議論はにぎやかだが、根本的な答えになっていないのだ。

だいたい、唯一の被爆国である日本が、「普通の国」であるはずはないし、また、なってはいけないのではないか。日本の役割は、たどってきた歴史ゆえに日本国憲法があり、集団的自衛権は行使できないことを全世界にアピールした上で、日本ならではの国際貢献の仕方を考え、核廃絶へ取り組んでいくことであって、「普通の国」になることでは断じてない。


最近の政治家(に限らないが)の歴史認識の浅さには呆れるほかなく、「沖縄戦での住民の集団自決に日本軍の強制はなかった」などという話がまかり通るのは、無知としか言いようがない。思うに、最近の政治家は、歴史小説を読めば歴史を勉強したような気になっているのではないか。ろくに史料も読んだことがない者が為政者になると、「先の戦争の評価は歴史家に委ねる」などという不見識な発言が飛び出すことになる。戦争がもたらすものや、平和というものを軽んじているとしか思えない。

(僕自身は、少なくともそこら辺の政治家よりは勉強してるつもりです)

日本の最高法規である憲法を、そのような底の浅い、不見識な連中によって恣意的にもてあそんで欲しくない。また、護憲を唱える人たちも、例えば「なぜ9条を変えると戦争に繋がるのか」というようなことをもっとていねいに説明することが必要だろう。ともかくも、深みのある、冷静な議論ができないうちは、憲法改正論議は時期尚早だと思う。


最後に1つ。憲法96条と99条は根本的に矛盾していると思うのは僕だけ?(突き詰めて考えると結構奥が深いような・・・)

2007年5月 1日 (火)

GWの谷間

GW谷間の平日は、休みも取らずに出勤。

本当は今日か明日のどっちかを休もうと思ったのだけど、暦どおりに動く職場ゆえ、容赦なく予定が入ってしまったので、あきらめ。

通勤の電車も大してすいていない。学校は休みではないので高校生がいつもどおりなのは分かるけど、勤め人もあんまり休んでないのかなあ、という印象。

職場の人はだーれも休んでいなかった。


唯一の救いは、2日間しかない週のため、比較的軽めの仕事しかこなせないし、モチベーションもそんなにあがらないので、早く帰れることくらい。(その分GW明けがかなりきついが、やむをえませんな)

でもやっぱり、休んで旅行してる人はうらやましい・・・。

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