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2011年5月

2011年5月28日 (土)

阪急電車

阪急電車
阪急電車
久しぶりに、映画を観てきました。

「阪急電車」は、阪急今津線のうち、宝塚−西宮北口間を舞台にした作品。
原作は先に読んでおり、その面白さにかなりはまってしまったので、どんな風に映画化されたのか楽しみ(と、ちょっと不安も持ちつつ)でした。

2時間弱の上映でしたが、なかなかいい作品に仕上がっていたというのが感想です。
原作の筋立てが巧みなので、映画にすべて盛り込むのは無理があるのは仕方のないところですが、原作の良さは充分活かされていたように思います。まあ、NHK朝ドラ「ちゅらさん」「おひさま」を手がけた人が脚本担当なので、面白いものになることはうけあいだったかも。

特に、キャスティングがはまっていたのが大きかったかなあと。
中谷美紀と宮本信子は上手いです。あと、ワンシーンだけ登場した大杉漣はさすがの存在感。

・・・ここで若手女優陣−戸田恵梨香・谷村美月・有村架純−に萌えた、などと書くと、「あんたもうすぐ40でしょ、年を考えたら」などという冷ややかな視線を浴びそうなんで止めときます・・・って、もう遅いけど(笑)。我ながらやっぱりミーハー(←死語か?)。
でも、みんないい味を出していたのは確かです。

私自身、阪急今津線には1度乗っただけですが、原作を読み、映画を観て、ゆっくり再訪したくなりました。
特に、原作を読んで惹かれた小林駅(「おばやし」と読みます)は、映画を観てますます降りてみたくなった駅です。いつになるかは分からないけど・・・。

ちなみに、文庫本の解説は、先日亡くなった児玉清氏です。

2011年5月22日 (日)

宴会続き

先週は、宴会が3回あって、全部終電帰りでした。

水曜日は、職場関係の歓送迎会。
1次会は参加者も多く、何人かと話に花が咲きすぎ、立食形式ゆえ食べ物を取りに行く暇がなく、ビールと水割りを飲んだだけという感じで終了。
引き続き、数人でスナックへ移動して2次会。
帰り道、そんなに飲んだつもりではないのに、かなり酔いがまわった感じで帰宅。

翌木曜日は、現在の職場の役職者で懇親会。
こちらは小人数の宴会ゆえ、出てきた料理はちゃんと食べることができました。
この日も2次会へ参加したものの、前日に懲りてアルコールは口にせず。
おかげで前日ほど酔いがまわらない状態で帰宅。

そして、昨日土曜日は、中学校の同窓会。
卒業してから24年経って、初の同窓会開催となりました。幹事たちに感謝。
当時7クラスで280人くらいいたと思いますが、参加したのは約70人。
卒業生のうち、5人はすでに故人となったそうです。
卒業してから会っていない人がほとんどで、大分雰囲気も変わっているだろうし、顔を見ても果たして誰だか分かるかな、と思っていたんですが、男女問わず結構分かるものなんですね。

70人も集まったので立食形式だったんですが、いろんな人と話して盛り上がっているとあんまり食べる暇がなく、水曜日と同じような結果に。
しっかり食べるワタシらしからぬことではありました。

2次会もセットされていて、こちらも40人くらいが参加。
木曜日と同様、アルコールなしで過ごしてしまいました。
3次会もありましたが、終電に乗りたかったので、さすがにパス。
再会を約して辞しましたが、時折集まれればいいなと思いました。

2011年5月 5日 (木)

最終ランナーは「こだま」

最終ランナーは「こだま」
最終ランナーは「こだま」
旅の締めくくりは、ぷらっとこだまでグリーン車利用としてみました。

今回の旅、名古屋から東京・新潟・新青森とたどって東北新幹線に乗ると、片道きっぷは大宮がゴールとなります。
それならばということでの選択で、名古屋まで片道きっぷで帰れるなら、普通に「のぞみ」利用でした。(かつてなら、周遊券・周遊きっぷ利用を考えたはずですが、残念なことです)

やっぱりグリーンは楽で、崎陽軒のシウマイ弁当を食べつつ、優雅に帰路についています。

板谷駅

板谷駅
板谷駅
板谷駅
板谷駅
板谷駅
旅館の車で板谷駅まで送ってもらいました。
来たときは15分、帰りは下り坂ゆえか12分。ヘアピンカーブが続く山道でしたが、山々をのぞむ景色はよかったです。

板谷駅は、山形新幹線開業まではスイッチバック駅。
遺構が残っていたので、当時の情景をしばし想像しました。
(写真は一番上が現在の駅、残りはスイッチバック駅跡。)

残念ながら新幹線開業前は鈍行で通ったことがありません。
赤岩・板谷・峠・大沢と4駅連続スイッチバックだったので、一度は鈍行でたどっておけばよかったと思います。

赤岩を除く3駅のスイッチバック遺構は、経済産業大臣から近代化産業遺産に認定されている由。
それならもう少し整備したらどうかと思いますが、反面、俗化して雰囲気を損ねるならこのままの方がいいとも思え、難しいところかもしれません。

2011年5月 4日 (水)

五色温泉

五色温泉
五色温泉
五色温泉
五色温泉
今日の宿は、山形県米沢市にある五色温泉「宗川旅館」。

宿の車にJR奥羽本線板谷駅まで迎えに来てもらいましたが、宿の客はワタシだけ。
(板谷駅では何人か降りたものの、みんな地元の人や帰省した人でした。)

宿自体は賑わっていて、駐車場に車多数。
まあ、GWに温泉宿にひとり、列車で来るようなのは、かなり酔狂な部類に属するんでしょうが。

お湯はさっぱりして気持ちいいです。
夕食は米沢牛のステーキとすき焼きなど豪華版で、ほぼ完食してお腹いっぱい。

昨年末以来の温泉宿、のんびり過ごしています。

新青森から「はやて」で

新青森から「はやて」で
新青森から「はやて」で
新青森から「はやて」で
東北新幹線新青森〜八戸間初乗りです。

ここも本当は昨年の大晦日に乗る予定だったところ。
でも今回、全線復旧直後の臨時ダイヤで徐行区間もあるなど、なかなかできない体験をすることになりました。

新青森駅の土産物売り場は賑わい、新青森に着いた「はやて」からも大量の降車があるなど、活況を呈しています。

そういえば、弘前から新青森に向かう途中にすれ違った列車はどれも激コミでしたが、大半が弘前で桜見物なんでしょう。

…現在、青森県は雨で、さっきは雷まで鳴っていました。
せっかくのGW中日に、水を差された感じです…

朝の弘前公園

朝の弘前公園
朝の弘前公園
朝の弘前公園
朝の弘前公園
朝の弘前公園
8時ごろに行ったら、すでにかなりの賑わいでしたが、夜とは違った桜の美しさを楽しみました。

昨夜もそうでしたが、お堀の水面に映る桜がまた美しい。
さすがに写メでは昨夜の風景は撮れませんでしたが…。

あと、弘前公園にはシダレザクラが多く、これも結構な趣。
ソメイヨシノの美しさとは違った、落ち着いた美を感じました。

歩き好きのワタシなのに、まだ足が全快していないので、いつものようには歩きまわれず、公園内をくまなく巡った訳ではありません。

今回見られなかった美しさを探しに、また来たいと思います。

2011年5月 3日 (火)

弘前公園で夜桜見物

弘前公園で夜桜見物
弘前公園で夜桜見物
弘前公園で夜桜見物
弘前公園で夜桜見物
先月29日、東北新幹線全線復旧のニュースで、インタビューされてた人が
「弘前に桜を見に行きます」
と答えてるのを見て思いたった今回の旅。

ちなみに弘前公園に来たのは初めてです。

人出は相当なものでしたが、そんなに寒くなかったのと、公園は広く、満開の桜が華やかに彩っていたので、割とゆっくり散策しながら桜を愛でることができました。

リゾートしらかみで五能線へ

リゾートしらかみで五能線へ
リゾートしらかみで五能線へ
リゾートしらかみで五能線へ
リゾートしらかみで五能線へ
リゾートしらかみで五能線へ
秋田から「リゾートしらかみ5号」に乗車中です。

五能線に乗りとおすのはおそらく十数年ぶり。
本当は昨年末に乗る予定だったのが、怪我のため果たせず、4か月ぶりのリベンジとなりました。

車両は昨年デビューしたハイブリッドの青池編成。
走っているときはあまり在来車両との違いを感じませんが、停車中に外にいるとほとんど音がしないのが特徴なんでしょうか。
(ワタシは車両関係は極めて弱いので、正しい見立てなのかどうかはよく分かりませんが)

極めて快適な列車で、日本海の眺めも堪能しましたが、欲を言えば、五能線には客車や古いディーゼルカーのほうがより旅情が増す気がします。

ともかくも、荒天で運休なんてことにならずに済んで、やれやれです。

温海温泉で朝湯

温海温泉で朝湯
温海温泉で朝湯
温海温泉で朝湯
温海温泉で朝湯
温海温泉で朝湯
外湯を2軒はしごしました。

温海と書いて「あつみ」と読みますが、読みどおり熱めの湯。
少し塩分を感じるのも海に近いゆえでしょう。気持ちいい温泉でした。

2軒ともいかにも地元の浴場という雰囲気でいいですが、体を洗うつもりなら、シャワーやカランがある「正面湯」、風呂場自体は、楕円形の浴槽だった「下の湯」が面白かったかなと思います。

ちなみに、正面湯の揮毫は、鶴岡出身の第28代木村庄之助によるものだと気づきました。
平成の名行司と謳われ、横綱曙が教えを乞うたと言われています。
確か昨年くらいに亡くなりましたが、ワタシも好きな行司さんでした。

温泉街は思いのほか風情があり、川沿いに咲く桜がきれいで、散歩する宿泊客らしい人もそれなりにいて、何よりでした。

ふたつの関址

ふたつの関址
ふたつの関址
ふたつの関址
ふたつの関址
ふたつの関址
ムーンライトえちごから乗り継ぎ、日本海の眺めを楽しみながら、鼠ヶ関で途中下車して朝の散歩をしました。

ここは白河・勿来と並ぶ奥羽三大古関ですが、義経が奥州へ逃避行したときに上陸した場所とも言われている由。

関址がふたつあり、駅に近いほうに「古代鼠ヶ関址」、国道7号線沿いにあるのが「近世念珠関所址」。
古代関址のそばには、山形・新潟県境碑もあります。

それなりの雰囲気はあり、もう少し時間があれば海沿いにある弁天島や厳島神社に足を伸ばすところでした。

2011年5月 2日 (月)

年末以来の「ムーンライトえちご」

年末以来の「ムーンライトえちご」
年末以来の「ムーンライトえちご」
年末以来の「ムーンライトえちご」
「今年初めての旅」に出ています。

長距離の移動は、年明け早々に大曲から名古屋へは怪我を負って、祖母の危篤と葬儀で先月2度していますが、行楽は初めてです。

松葉杖なしで歩けるようになったので旅行も解禁と、先週末に1日有給を取って4連休にして鹿児島へ行く予定をしていたのに、祖母の葬儀のためキャンセル。

当初は明日からの3連休は外出予定なしのつもりだったのが、昭和の日に見たニュースで突如思いたった次第。
さすがに旅立ちの虫が抑えきれなくなりました…。

約4か月ぶりのムーンライトえちごは、青春18きっぷのシーズンではないゆえ満席ではありませんが、連休前とあって8割程度の乗車率です。

東へと向かう列車で

東へと向かう列車で
僕は旅立つ

華やいだ街へは行きますが、贈り物は探しません。

だいたい、贈る相手もいないわ、都会の絵の具にはもうどっぷり染まってるわじゃ、どうしようもない(爆)

2011年5月 1日 (日)

松葉杖からの卒業

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昨日、松葉杖を病院へ返してきました。

4月上旬からは松葉杖を使わない生活をしているので、約2か月にわたって松葉杖のお世話になったわけです。

現在は、まだ足首が曲がりきらないので、歩き方がちょっと自然じゃないのと、走ることができないくらいで、日常生活はほぼ不自由なくできるようになっています。
今できないことは、電車に乗り遅れそうなときや、信号が赤に変わりそうなときに駆け足で行くことくらいでしょうか。


卒業記念でもありませんが、松葉杖で生活してみて感じたことを、思いつくまま、挙げてみたいと思います。


まず、松葉杖でもずいぶん外出しやすい環境になったと思います。
駅にエレベーターがあるというのは心理的にかなり楽でした。これが20年くらい前だったら、結構大変じゃなかったかと。
今ほどバリアフリーの発想がないでしょうから、相当苦労したというか、そもそも外出する時に電車やバスを使う気にならなかったかもしれません。


それに、公私とも、家族・友人・知人がかなり気を遣ってくれたのは素直に嬉しかったです。
自分では大丈夫だと思っていても、周りから見ると危なっかしく見えるんでしょうね。

こちらは長いこと仕事を休んだり、以前できたことができなくなったりしているので、周りに迷惑をかけているという思いがあります。
そういう状況でも、「あんまり無理しないでね」といった言葉をかけてもらえると、心理的に助かりました。


それでも、生活はやっぱり不便な面が多々ありました。

雨が降ると傘がさせないので、通勤はタクシーのお世話になりましたし、私用の外出はやめたこともあります。

セルフサービスの店にもひとりでは行けませんでした。
まあ、頼めば席に運んでくれるんでしょうが、幸いそこまでして行くほどの必要がなかったので。


買い物も最小限。
買い物かごの類は持てず、杖を親指と人差指で持ち、残りの手と杖ではさむか、指の間にはさむかしかできません。
レジに持っていけたのは、新聞・雑誌は2部までなら、菓子パン・惣菜パンは3つまでといったところでした。


物を運ぶのも、リュックに入れて背負うか、軽いものなら手提げに入れて持つかのいずれか。
書類を小脇に抱えるということができないので、会議・打ち合わせの類に出るときは手提げが欠かせませんでした。


私は家族と同居なので、家で食事をする分には困らなかったんですが、ひとり暮らしだと大変。
リハビリの先生に聞いた話では、料理を作るまではいいものの、それを食卓に運ぶことができないので、弁当箱に詰めて手提げかリュックに入れて食卓まで持っていくという生活をしていた人がいるそうです。


私も家族もマイカーを持っていないので、外出は歩きか公共交通機関の利用という、怪我をする前と変わらないスタイルでした。

通勤は、電車とバス。朝のラッシュを避けるために1時間早く家を出ていました。
それで何とか座って行けましたが、何度か中途半端に混んでいる時があって、その時は座れず。
要するに誰も席を譲ってくれないということです。

通勤以外で地下鉄にも乗りましたが、よっぽど私が丈夫に見えるのか、一切席を譲られるということはありませんでした。
幸い立ってるだけの体力はあったのでよかったんですが、ちょっと悲しかったのも事実です。


駅にはエレベーターがありますが、自宅最寄りの名鉄柴田駅にしても、金山駅にしても、いつもは階段やエスカレーターを利用するので、エレベーターを使ったのは今回が初めてでした。

名駅や栄でも、普段ほとんど使うことがないので、エレベーターのありかを探すということはしばしばありました。
後から無理して設置しているので仕方ないとは思いますが、結構遠回りになることがあって、もどかしかったです。
エスカレーターに乗ろうと思えば乗れたのかもしれませんが、転んだ時の怖さが先にたったので、一度も使いませんでした。


怖さといえば、普段は何とも思わないすき間や段差が、特に松葉杖生活の初期のころはかなりのものに思えました。
新しい電車・新しい駅の組み合わせだと、段差もすき間もほとんどないんですが、両方とも、あるいは一方が古いと、それなりの段差やすき間ができるので、乗り降りの時はちょっと思い切りが必要でした。


バスも同様で、まずノンステップバスでなければ松葉杖では乗れないと思います。
幸い、通勤に使っていた路線は全車ノンステップバスでしたが、それでも最初のころはステップまでが高く感じるのと、歩道とバスの距離も広く感じました。
階段を上り下りする要領で杖を使えばいいんですが、最初のころは、乗るときが結構怖く、杖を2本左手に持ち、右手でステップにある握り棒をつかんでジャンプして乗る、ということをしていました。

バス停付近に路上駐車されると本当に乗り降りが大変で、ああいうときは正直、車を蹴飛ばしてやりたいと思いました。
バス停付近の路上駐車は止めて!と心底思うとともに、バスが歩道にきっちり寄せて停めることがいかに足が不自由な人にとって重要なことかを痛感しました。
車椅子で電車やバスに乗るときは、車両とホームや歩道を渡し板でつなぐので、多少距離があっても何とかなりますが、杖を持った人にはそういう援軍がありません。
バスの利用者の多数を占めるお年寄りのためにも、バスの運転手には停め方に気をつけて欲しいと思います。


街には階段に限らず、いろいろ段差がありますが、慣れるまでは結構体力を消耗するものです。
かつてある人が階段や段差を指して「バリア、バリア」とやたらに叫んでいたんですが、今になってその気持ちが分かるようになりました。
なるべく緩やかなスロープを併設するとか、ちょっとした段差をなくすような造りにすることが、住みやすい環境につながっていくと思います。


あと、巷にあふれるキャリーバッグ。正直言って、猫も杓子もといった感じで、これほど邪魔に感じたことはありませんでした。
駅のホームや歩道は歩きにくくなるし、エレベーターにこれを持った人がたくさん乗っていて、見送ったことも数知れず。
少なくともエレベーターを使わなくても済むだけの体力がある人は、階段かエスカレーターを使ってもらいたいなと。


もうひとつ、エレベーターに乗ってると邪魔だと思ったのは、体育会系の高校生。
がっかりするというか、これじゃ強く(あるいは上手に)ならんわなあと思いますね。


雑多に書き連ねてきましたが、何かの参考になれば幸いです。
私自身も、貴重な経験をしたことは確かなので、今後の人生に活かしていきます。

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