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2011年8月

2011年8月28日 (日)

小和田駅

小和田駅
小和田駅
小和田駅
小和田駅
小和田駅
秘境駅と言われている小和田駅に降りました。

かつては有人かつ交換可能駅で、使わなくなったホームも残っている他、時折使用するのか、駅舎もきちんとした形で残っています。

駅があるのは静岡県浜松市(政令市に秘境駅!)、川向こうは愛知県、トンネルを抜けると長野県という場所にあります。

さすがに携帯も圏外でした。

秘境駅にしては同好のヒトの乗降が多くなっていますが、一度は来てもいいかなと思える駅ではありました。

…まあ、ホントに恋が成就する駅なのかは知る由もないけど。

そよ風トレイン117

そよ風トレイン117
そよ風トレイン117
そよ風トレイン117
そよ風トレイン117
趣味仲間と乗りにきました。

湯谷温泉〜三河槇原間の宇連川に沿う景色は良く、川も透き通っていました。
この区間は徐行して、みんな景色を楽しんでいました。

2号車がフリースペースになっていて、外の風が入るようになっていますが、今日はまだ夏の風。
秋になれば、涼しい風に吹かれることができそうです。

2011年8月21日 (日)

新日本海フェリー 苫小牧東→敦賀

新日本海フェリー 苫小牧東→敦賀
新日本海フェリー 苫小牧東→敦賀
新日本海フェリー 苫小牧東→敦賀
新日本海フェリー 苫小牧東→敦賀
新日本海フェリー 苫小牧東→敦賀
日本海を航行する長距離フェリーには乗ったことがなかったので、今回帰路に選んでみました。

苫小牧東港は、苫小牧駅から直線距離で約20キロ。バスで35分かかりました。
バスはガラガラかと思いきや、乗客11人。

船内はそこそこに乗っている、という感じで、混雑で落ち着かない、ということはなく、やれやれ。

乗船するときに、福井商業高校と掛川西高校の野球部が、合宿の帰りらしく、ボールはじめ用具を積み込んで乗り込んでいるのを見かけました。
甲子園の決勝は終わりましたが、もう次に向けた練習が始まっています。

あとは家族連れやグループ客で、ワタシのような一人旅らしき人もちらほら。

いつもは出航時には外へ出て、去り行く港を眺めるんですが、今日は夜遅いのと、苫小牧東港が殺風景で暗く寂しそうな雰囲気なのでパスし、早々に入浴しました。

この船「すいせん」は、なぜか2等桟敷が小部屋2つしかないなど、船の大きさの割に定員500人と少なめ。
そのせいか、お風呂も洗面所も小さめ。

今日は桟敷以外は空席ありのようなので、あまり混雑している風でもないですが、満員になったときにはどんな感じになるのかな、とは思います。
来夏、ハイブリッド仕様の新造船がデビューするそうなので、このあたりは改善されるかもしれません。

船旅の楽しみのひとつは、甲板や両サイドのデッキに出て海を眺めたり、風に吹かれたりすること。
でもこの船は、高速航行(後であった船長のアナウンスによれば、時速48キロ)のため、という理由で、甲板やサイドのデッキへ出られないのが残念。

でも、唯一外に出られる場所として船尾にオープンデッキあるのが救い。

海は穏やか、気持ちいい青空と風のもと、朝から生ビールは至福のひととき。
午後も汐風に吹かれてサッポロクラシック。飲んだくれとまではいかないけれど、日中の大半をここで過ごしました。

今回は2等寝台でしたが、こんな過ごし方ができれば2等で十分、という感じです。
(1人部屋はなく、1等の個室を1人で使うと貸切料金が発生。ただしシーズンオフは貸切料金ナシで利用可能の由。)

お昼過ぎから、だんだん雲が多くなってしまいましたが、夕暮れの景色はなかなかのものでした。

午前中には、退屈しのぎの企画としてビンゴ大会があり、80人くらいが参加。
子どもたちに交じって、ワタシもやってみました。
商品は、1等1名が船内で使える3000円分の商品券、2等2名がオーセントホテル小樽(ここの系列とか。何度か泊まってるけど、知らんかった)のクッキー、3等10名が記念グッズやソフトクリーム引換券。

なかなかとぼけた味わいのおじさんクルーが取り回し。

で、1等が当たってしまいました。ビンゴであんまり当たった試しがないので、びっくり。
運を使い果たさないか心配だけど、まあ、日頃の行いの賜、ということで。
商品券は、食事代としてありがたく使わせていただきました。

そんなこんなで、あまり退屈することなく、あと1時間ほどで敦賀に着きます。

夜出て夜着く、という船に乗るのも初めてのこと。
南ゆきは旅が終わった、という感じになって悪くありませんが、北ゆきは、苫小牧東港は寂しすぎて北海道旅行の入口で夜着く場所としてはちょっと…。
小樽なら、雰囲気があってよさそうですが。

今回の航路や、舞鶴から小樽ゆきには、機会あれば乗りたいです。
(舞鶴着だと列車では名古屋へ日着できず)

敦賀からは、最終の米原ゆき「しらさぎ」と、最終前の「ひかり」を乗り継いで旅を締めくくります。

2011年8月20日 (土)

出航

出航
苫小牧東港から、新日本海フェリー敦賀ゆきに乗り、北海道とお別れです。

夏の終わりを告げるさわやかな青空や日差し、涼しさ寒さといったものを、車窓から、また肌で感じることができました。

これから船中21時間。
航海中携帯の電波も届かない由、北海道の青空の余韻を感じつつ、日本海の風に吹かれてのんびり過ごすとしましょう。

北鎮記念館

北鎮記念館
北鎮記念館
北鎮記念館
陸上自衛隊旭川駐屯地内にある北鎮記念館。

旅行に出る直前、インターネットで偶然見つけたのが、「北鎮記念館で樺太・千島特別展」の記事。

初めて北鎮記念館の存在を知り、特別展に関心があったので、足を運びました。

シベリア抑留時の労働証明書が目をひきましたが、他にも8月15日以降の地上戦や、真岡郵便局女性電話交換手の自決、樺太・千島の領有の歴史を条約から紹介してあるなど、見応えがありました。

常設展示は、屯田兵の時代から終戦までを、旭川にあった旧陸軍第7師団の歴史から紹介するものでした。

さすがに自衛隊直営だけあって、資料が充実かつ保存状態がよく、見る価値があるものばかり。
しっかり見ようとすれば半日はかかりそうです。
(ワタシの学生時代の専攻が、明治以降の歴史なので完全にストライクゾーン)

異色なところでは、旭川に配属されたオーストリア軍人がスキーを広めたということで、当時のスキー板が展示してありました。

いずれの展示も、説明に変な解釈を加えていないことには好感が持てました。
多分、自衛隊とワタシの歴史観はかなり異なると思いますが…。

旭川周辺は、他にも行きたいところが多い(ただし旭山動物園にはあまり興味ナシ)ので、いずれ再訪しないといけません。

ちなみに、向かい側にあるのは、北海道護国神社とスタルヒン球場。
ここで一度野球観戦したいもんです。

2011年8月19日 (金)

オホーツクに一番近い駅

オホーツクに一番近い駅
オホーツクに一番近い駅
オホーツクに一番近い駅
鉄道より本数の多いバスに乗って、北浜駅へ。

ここは7年前の冬に来ていますが、夏に来たのは高校1年生のとき以来です。

列車待ちの間、日暮れゆく海を眺めて過ごしました。

こんなひととき、結構好きです。

小清水原生花園

小清水原生花園
小清水原生花園
小清水原生花園
小清水原生花園
小清水原生花園
釧路湿原を抜けたあたりから天気が回復。きれいな青空になりました。

予定を変更して、未訪だった原生花園に途中下車。小清水原生花園を散歩しました。

青空の下のオホーツク海、反対側には涛沸湖と、穏やかな眺めが広がっていました。

荒いイメージのオホーツクも、今日は静かに水をたたえていました。

何組かずつ観光客が訪れていましたが、みんなクルマ。
残念ながら鉄道利用は皆無のようです。

釧網本線のイベント列車

釧網本線のイベント列車
釧網本線のイベント列車
釧網本線のイベント列車
釧網本線のイベント列車
釧網本線のイベント列車
釧路湿原への往復は「くしろ湿原ノロッコ号」に乗ってみました。

5両の列車はツアー客を中心に満員。
ビューポイントでは徐行するそうですが、湿原を間近にするのは釧路湿原から塘路まで。
せっかく乗るなら、塘路まで乗り通した方が良さそうです。

釧路から網走へは「摩周&川湯温泉足湯めぐり号」で。
これは、釧路~摩周、緑~網走の定期列車を、摩周~緑を延長して直通運転しているもの。

摩周・川湯温泉でそれぞれ20分前後停車し、駅にある足湯に入れるようになっています。

足湯には入りませんでしたが、川湯温泉では未訪だった駅前簡易郵便局で貯金でき、駅内レストランでソフトクリームを買うなどして、時間を有効に使えました。

川湯温泉では、ここから乗った人も割にあったせいか、足湯も盛況。乗り通す観光客も多く、通年直通運転すればいいのにと思うんですが。

私自身、釧路湿原から浜小清水までは19年ぶりの乗車。
この列車のおかげで行程が充実したので、特にそう思います。

釧路湿原

釧路湿原
釧路湿原
釧路湿原
釧路湿原
釧路湿原駅から歩いて、細岡展望台から湿原を眺めました。

12年前にも来ていて、同じコースをたどっているはずなんですが、湿原を眺めて心が穏やかになった気がしたことと、人がいなかったことくらいしか覚えていません。

今回はそれなりの人がいましたが、寂しくならない程度でかえって落ち着きます。

のんびり景色を眺め、穏やかな心持ちになりました。

東根室駅

東根室駅
東根室駅
納沙布岬からのバスを月ヶ丘分岐点停で降りて、歩くこと10分ちょっと。

日本最東端の駅、東根室に着きました。

これで東西南北すべての端駅に足を記すことができ、めでたし。

ここから列車に乗り、昨日は夜で見えなかった景色を眺めながら、釧路へ向かいます。

朝の納沙布岬

朝の納沙布岬
朝の納沙布岬
朝の納沙布岬
高校1年生のとき以来、24年ぶりに来ました。

そのときも夏でしたが、雨かつ霧がかかっていて、何も見えなかった記憶があります。

今日は曇りですが、歯舞群島は見えました。

ちなみに、バス停近くにあった温度計によれば、現在の気温は16℃。

2011年8月18日 (木)

エスカロップ

エスカロップ
エスカロップ
今日は根室泊。

根室へ来たのは3度目ですが、前回は20年前、釧路へ夜行で着いた後に往復しただけ、その前は同じく釧路まで夜行で来た後に納沙布岬へ往復したときに、バスに乗り継いだだけなので、泊まるのは初めて。

根室へ着いたのは21時前。
駅近くのホテルにチェックインしてすぐに雨降る街へ出ました。

目的は、エスカロップを食べるため。
バターライス(細かく刻んだ筍入り)の上に薄切り豚肉のトンカツを載せ、デミグラスソースをかけたもので、当地の名物料理の由。

遅くまでやってる店のうち、最初に見つけた店は雰囲気が好みに合わなかったので、次へ。

ホテルから15分くらい歩いて見つけたのが、「プルミエ」という店。

建物はかなり年季が入っており、雰囲気からすると当たりの予感。

目当てのエスカロップは、ボリュームもあり、カツとバターライスはくどくなく、ソースはしっかりした味で、期待以上でした。

食後に頼んだコーヒーも、きちんと立てた味で上々でした。

地方色が強い食べ物でもなく、ワタシなら名古屋でもあれば食べますが、広める人がいないのかな。

個人的にはかなりオススメです。

日本最長距離鈍行の旅8時間

日本最長距離鈍行の旅8時間
日本最長距離鈍行の旅8時間
日本最長距離鈍行の旅8時間
日本最長距離鈍行の旅8時間
日本最長距離鈍行の旅8時間
今日は、滝川発釧路ゆき普通列車、2429Dに乗り通しました。

所要時間8時間2分、日本で最も長い距離を走る普通列車の旅です。
(※定期列車、かつ列車番号が変わらないという条件を満たす列車。ex:臨時を含めれば「ムーンライトながら」の方が長距離を走る。岡山以西を走る列車は途中で列車番号が変わる。)

8時間があっという間とまでは言いませんが、長さを感じさせない道中でした。

行き違いや待避で数分から20分までの停車が何度もあり、その度にホームに降りられることがいいですね。
(真ん中の写真は、帯広15分停車中に買った駅弁)
これぞ鈍行列車の醍醐味で、疲れない理由でもあります。

…これが東海道線だと、静岡県内あたりでロングシートに乗りっぱなしとなると、時間は短くても非常に疲れるわけで…

乗車率は平均して1ボックスに2人弱。
滝川から富良野までは1両で、ややレールファンの率が高いように感じましたが、富良野から先は2両になったことと、新得からは高校生はじめ地元客が多くなったこともあって「ふつうの列車」になったのは何よりでした。
これが大盛況(特にその筋の人で)だったりすると、大分印象が変わったはず。

気候の変化も長距離の旅らしく、滝川は晴れていてさわやかでしたが、狩勝峠を越えると雲が多くなり、池田から先は雨模様に。
大楽毛で停車中に外へ出たら肌寒く、長袖を羽織りました。

釧路まで乗り通したのは数人。滝川で見かけたその筋らしい人の全てが釧路まで来た訳ではありませんでした。

ある意味、とっても贅沢な時間の使い方だったかもしれません。

2011年8月17日 (水)

札幌の夜

札幌の夜
札幌の夜
札幌の夜
札幌の夜
北海道に来ています。

今夜は札幌泊まり。
東急百貨店内の「東家寿楽」で天ざるとかしわぬきを味わった後、腹ごなしに大通公園までぶらぶら。

風はもう秋の気配で、涼しくていい気持ちです。

途中立ち寄った時計台は観光客多数。大通公園も盆踊りなどが行われて盛況でした。

帰りは、大通公園から札幌駅まで通じた地下連絡通路を通ってみました。

まだ新しいこともあって歩きやすいですが、やや蒸し暑く、今日は外を歩いた方が快適でした。

ホテルに戻る途中、札幌駅に来るとちょうど青森ゆき急行「はまなす」の発車15分前。
ついつい入場券を買って、ホームで見送ってしまいました。

水曜夜なのに自由指定寝台とも満席の様子で、さすが夏休みという感じでしょうか。

夏休み その2

夏休み その2
11日前に続き、セントレアから旅立ちます。

前回と違って、お天気は良好です。

2011年8月15日 (月)

青空の下で

青空の下で
昨日の通夜、今日の告別式に参列し、亡くなった仲間を送って、今帰途についている。

昨日、彼の顔を見せていただいた。

憎たらしいほど安らかな顔をしていた。

夫人とお母さんの憔悴し、悲しむ姿は対照的すぎて、いたたまれなかった。

通夜の最後にお坊さんが、
「存在を忘れられることが、故人には一番つらいと言う。皆さんも命ある限り、故人のことを忘れないでいてください。」
と言っていた。

告別式後のあいさつで、夫人は
「命を全うして再び故人と巡り会ったら、また鉄道の旅をしてやってください」
と。

彼は、我々が死ぬまで話題にできる足跡を残していった。
本人が嫌がっても、仲間で集まるたびずっと話題にし続けてやるぞと思う。
みんながあちらの世界に行ったとき、彼に幹事をやらせて、鉄道で温泉に連れて行ってもらおうかな。

今日の式場の外は、悲しみが似合わないほどきれいな青空だった。

2011年8月11日 (木)

同級生の訃報

訃報を知ったのは、おとといの火曜日、セントレアから帰宅する電車の中。
旅の余韻は完全に吹っ飛び、自宅にたどりつくまでの時間がずいぶん長く感じた。

彼は、旅を通じて知り合った十数人の同級生仲間のひとり。
存在を知ったのは高校生の時、つき合いが始まったのは大学生になってからだから、かれこれ20年になる。
ただ、彼とは格別親しかったというわけではない。会う機会といえば、年に1~2回、みんなで温泉に集まって一泊会をする時がほとんどで、2人で旅をしたこともなければ、2人だけで飲んだこともない。

それなのに、おととい以来、何とも言えない喪失感でいっぱいである。
今さらながら、彼は大きな存在であり、長年の仲間だったということを認識させられた。顔をあわせたり、話したりした時間の長さと、喪った悲しみとは必ずしも比例しないということも。

彼の言動は時に強烈なものがあって、当人がその場にいなくても、気になる存在であった。
みんなで集まる場にいなかったり、何かやろうとしたときに発言がなかったりすると寂しい気分になったものである。

昨年秋に職場の同期生を亡くしており、それだけでも辛く、今でも時折脳裏に現われる状況のところへ今回の訃報。この年齢で1年足らずの間に同期生・同級生を2人亡くすというのは、相当にこたえる。

でも、通夜や告別式では泣くもんか、と思う。
「お前、何いつまでぐずぐずしてんだよ。」と叱られそうな気がするから。

2011年8月 9日 (火)

終わり良ければ

終わり良ければ
宮古島から、那覇で飛行機を乗り継いで帰って来ました。

今日は天気に恵まれ、フライトも快適。
旅立ちのときは台風余波で大変だったのが嘘のようです。

機内から夕日が実に美しく見えました。

セントレアに着いて飛行機から降りると、みんな一様に

「帰って来ちゃったね」
「また明日から仕事か…」

てなことを言い合っていましたが、全く同感。
旅先が沖縄だけに、その思いがひとしお、という感じがします。

来間島からの眺め

来間島からの眺め
来間島からの眺め
宮古島南西にある来間島にある「竜宮展望台」から海を眺めました。

この島と、北部にある池間島には、宮古島から橋がかかっていますが、この橋を渡るドライブも、走っていて目に快適。

来間島にかかる橋は与那覇前浜ビーチからも見えます。

宮古島西にある伊良部島にも橋がかかるそうです。
島へ行くには船の方が風情があって好きですが、ここを走ると、橋も悪くないと思ってしまいます。

東平安名崎

東平安名崎
東平安名崎
東平安名崎
東平安名崎
東平安名崎
上3枚は灯台に上って撮った風景です。

水平線と透き通った海を見ていると何だか心が広くなるような。

宮古島、次はもっとのんびりと過ごしに来たいです。

与那覇前浜ビーチ

与那覇前浜ビーチ
与那覇前浜ビーチ
与那覇前浜ビーチ
与那覇前浜ビーチ
透き通った海、白い砂浜、青い空。

これが見たかった!

ざぶんと海に飛び込みたかったけど、水着を持って来なかったので、足だけ入りました。

砂を踏みしめる感触、足にあたる打ち寄せる波とも気持ちいいものでした。

砂浜に寝そべり、海に入ることを1日繰り返せば極上の休日でしょうが、それは次の機会に…。

2011年8月 8日 (月)

夕日の景色

夕日の景色
夕日の景色
日没前、雲が切れて夕日が見えました。

写真上が今夜泊まってるホテルそばのバイナガマビーチからの、下がちょっと南へ行ったところにあるサンセットビーチからの景色です。

この後、別の場所で夕食をとりおわって外へ出たら、路面がかなり濡れていたので、日没の時だけ天気に恵まれたようです。

西平安名崎

西平安名崎
西平安名崎
西平安名崎
夕日がきれいな場所だそうですが、今日は難しそう。

さっきは雨雲が流れてきて、一雨降りました。

波はやっぱり荒れ気味ですが、どの方角を向いても、割と穏やかな景色が望めました。

波打ち際で見下ろすと、澄んだ海から底が透けて見えたりも。

動きたくなくなります…。

宮古島・砂山ビーチ

宮古島・砂山ビーチ
宮古島・砂山ビーチ
宮古島・砂山ビーチ
宮古島に来ています。

石垣島は10年前に行ったことがありますが、宮古島は初。

ドライブしつつ、きれいな海を見て浜辺にしばしたたずんでいました。

これで空が青ければ言うことなしなんだけど。

2011年8月 7日 (日)

勝連城跡

勝連城跡
勝連城跡
勝連城跡
勝連城跡
勝連城跡
世界遺産に指定された琉球王国のグスクのひとつ。

ここへ着いた頃には、天気予報に反して晴れ間がのぞき、てっぺんまで登ったらすっかり汗ばみました。
景色はよく、風に吹かれて海を見るのは心地よいひととき。

まだ遺跡調査中のようですが、今でも訪れる価値あり。
ちなみにここは結構観光客がいました。

嘉数高台公園

嘉数高台公園
嘉数高台公園
嘉数高台公園
嘉数高台公園
ここは、米軍の普天間飛行場が一望できる場所であり、沖縄戦の激戦地になった場所です。

南部の戦跡や資料館はかつてしっかり見ているつもりですが、当地は未訪で、今度沖縄に来たら必ず来ようと思っていたところです。

写真では見にくいですが、上2枚の写真の雲と住宅地の間に基地が広がっています。
下から2番目の写真は戦地壕の跡、一番下は壁に残る弾痕。

ここへ来る前に、「道の駅かでな」に寄って嘉手納基地も見て来ました。

やっぱりワタシにとっては来るべきところで、南部の戦跡や資料館などとともに、基地問題や戦争について考えることができる場所だと痛感しました。

…この辺の問題についてはいろいろ思うところがありますが、改めて機会があれば触れます。

辺戸岬

辺戸岬
沖縄本島最北端、辺戸岬に来ました。

沖縄には5回来てますが、辺戸岬は3回目。ちなみにいずれも前日は名護泊まり。

天気は曇りで、晴れてれば見える与論島は見えず。
風は昨日ほどではないものの、まだそれなりに。

驚いたのは、岬には誰もいなかったこと。(着いたのは9時40分くらいだったけど、早かったのかな?)
帰るときになってやっと誰か来たと思ったら、県の観光協会の人で、アンケート調査をやるとのことで協力。

アンケートを書き終わり、出発しようというときになってようやく観光客が来ました。

あまりに人の多い場所もイヤですが、誰もいない観光地も寂しいものです。

2011年8月 6日 (土)

7年ぶりの沖縄

7年ぶりの沖縄
7年ぶりの沖縄
今日、何とか飛んだ飛行機で沖縄に来ました。

本当は昨日から8日までの予定だったんですが、台風9号の速度が遅すぎ、木曜日の時点で1日あとにずらすことにして、飛行機や宿、レンタカーを取り直し。
この辺は、ツアーじゃないので対処しやすいところ。

さすがに今日は大丈夫と思ったら、相変わらずの台風の遅さに気をもまされました。
結局2時間以上遅れて飛び、レンタカーで今夜の宿がある名護にたどり着きました。

土曜日とあって、飛行機は満席。家族連れが大半で、賑やかな雰囲気でしたが、那覇に近づくにつれ時折結構な揺れがきて、ちょっと気分が悪くなった子どももいたようです。

那覇空港は、出発する人、着いた人両方でかなりの混雑。
外は、雨はさほどではないものの、風がなり強く、名護に着いた今も続いています。

日没前にホテルから見た海は、かなりの荒れようでした。

まだ沖縄本島は強風域に入っており、名護までの道中、レンタカーを運転しているときに2度風に煽られそうになって、ヒヤッとしました。
国道58号は、信号がところどころ点灯していなかったり、点灯していても斜めを向いていたりと、こちらも台風の被害の一端が現れていました。

旅行中ずっと、天気予報は雨か曇り。青空と美しい海を見て癒やしのひとときを過ごそう、という望みは叶いそうもありません。

夏らしい暑さもなく、さっぱり気分が盛り上がりませんが、せめてもの慰めに、オリオンビールで乾杯!

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