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2012年8月12日 (日)

豊川女子挺身隊

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お盆期間は遠出しないことが多く、今年も例年の如く。

唯一の外出が今日でして、タイトルの演劇を観に、豊川市まで行って来ました。

舞台となっているのは、豊川海軍工廠。
豊川海軍工廠は、国内最大級の規模を持った軍需工場で、1945(昭和20)年8月7日に大規模な空襲にあって壊滅。約2,500人が犠牲になったといわれています。
ちなみに、跡地は陸上自衛隊駐屯地や日本車輌豊川工場などになっています。
また、女子挺身隊は、戦時中、女性を軍需工場などに勤労動員したものです。

この公演については、NHKのローカルニュースや中日新聞で稽古の様子が紹介されてたのを見て関心を持ち、足を運んだ次第です。

会場は、御津文化会館(ハートフルホール)。合併前の旧御津町の地域にあり、東海道線愛知御津駅から徒歩10分弱。愛知御津駅に降りたのは初めてでした。

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定員400人の会場はほぼ満席。家族連れや、戦争を体験した年代、若い人と客層は様々。
出演者は市民公募だったとのことで、出演者の家族や友人もそれなりにいたことでしょうが、満席になるということはそれ以外の広がりもあったということを物語っています。
(開場までの段取りがやや悪かったのは残念。全席自由席のため、来た人に整理券を配って2列に誘導していましたが、並ばせるなら整理券を配る必要があったのかどうか。当日券を買う人や予約引き換えをする人との導線が悪く、整理券を配って分散させるか、もう少し会場を早めるか、今後一考を願いたいものです・・・。)

ちょっと前段が長くなりましたが、公演は休憩を挟んで2時間弱。
観に来てよかったと思える、非常に内容のある公演だったと思います。

勤労動員された若者たちの青春模様、精神を病んで帰郷する者、それぞれが持つ戦争観、戦争によって心身が疲弊していくさま、空襲の悲惨さ、国民を守らない軍人・・・、といったものが描かれ、観る者の胸に迫ってきました。

「戦争に勝ったってお前たちが死んだら何にもならない。とにかく生きて帰ってきてくれ。」
「私のお兄ちゃんが何をしたって言うの。戦争はしたい人が勝手にすればいい。戦争に勝ったって、お兄ちゃんは帰ってこない。」

前段は、休日に帰郷していた娘に対しての父親の言葉、後段は兄を戦地で亡くした挺身隊の1人が仲間に叫んだ言葉です(いずれも正確ではありませんが)。
特にこの2つのセリフが印象に残りました。

また、空襲のシーンは、いかに悲惨なものだったかがよく分かるように描かれてお
り、泣きそうになりました。もっとも、終演後、私の隣にいた見知らぬばあさまたちは「あんなもんじゃなかった」とつぶやいていましたが、確かにこればかりは経験した人にはかないません。
でも、戦後67年、経験した人はいずれいなくなっていくわけです。これは語り継がれるなり、勉強するなりして、少しでも近づくしかありません。

この公演は、9月29日(土)と30日(日)に、豊川市文化会館に会場を移して再演されます。

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・・・公演に関連して、日ごろ思っていることを2点。
ひとつ目は、「8月にしか戦争の話題が出ない」という論について。
広島・長崎の原爆、「終戦の日」がいずれも8月であることから、どうしてもそういう傾向はあるでしょう。でも、全く話題にならないよりは、年に1回でも考える機会があるのであれば、それはそれでいいのではないかと思います。
一番怖いのは、それすらなく、無知になることです。

もうひとつは、「あと半年早く戦争が終わっていたら」ということ。
豊川海軍工廠への大空襲が8月7日、つまり昭和天皇の玉音放送の1週間前。
広島への原爆投下は8月6日。長崎への原爆投下とソ連の参戦が8月9日。
アメリカ軍の沖縄上陸は4月1日。東京大空襲は3月10日。
また、中小都市への空襲が激しくなったのは、1945(昭和20)年になってからです。
何が言いたいかというと、現代になお惨禍を残す出来事は、終戦前半年に集中しているということです。
もし戦争が半年早く終わっていれば、原爆も中国残留孤児の悲劇もなく、空襲の犠牲者も増えず、沖縄が地上戦の戦場になることもなく、現状も変わっていたのではないか、という思いを禁じえません。

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