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2014年7月

2014年7月31日 (木)

悪天候の屋久島へ

今日・明日と夏休みをとって、屋久島へ来ています。
日曜までの4日間の旅です。

屋久島は一度来てみたかったところで、とても楽しみにしていたんですが、台風12号の動きに左右されることに。

セントレアから福岡乗り継ぎで来たんですが、名古屋は快晴だったのに、福岡は曇り。

福岡から飛んだ屋久島便は、「屋久島空港視界不良のため、福岡引き返しか鹿児島着陸の場合あり」という条件付き運航となりました。

乗客も10人に満たない寂しさでしたが、途中少し揺れながらも無事に屋久島に着いて、やれやれ。
このときは風やや強く、雨は小降り。

悪天候の屋久島へ


屋久島空港にはレンタカー会社の迎えが来てくれ、近くの営業所へ運ばれて、借り受けの手続き。

今日は、とりあえず旅行貯金をしながら屋久島灯台まで行こうかと思って車を走らせるうちに、ものすごい降りに。

簡易郵便局は、なかなかすごい場所にあったものの、雨が激しく写真を撮るどころではなく、びしょ濡れになりながらの局めぐりとなりました。

めげずに予定していた局数はこなしましたが、屋久島灯台まで行く気勢はそがれて、今宵の宿がある宮之浦へ引き返した途端に小降りになったのはちょっと悔しいですね。


それでも復路の途中で寄った、ウミガメの産卵地である永田浜の景色はなかなかの趣で、ようやく落ち着いた旅気分に。

悪天候の屋久島へ



宮之浦へ着き、今宵の宿「民宿たけすぎ」に入った時には雨が止み、風も収まっていました。

宿泊は朝食しか付けなかったので、夕食に行きがてら、街をぶらぶら。

悪天候の屋久島へ


街の雰囲気は私好みの静かさ。
宮之浦川に架かる橋の眺めなど、天気が悪くても良い感じで、楽しめました。

悪天候の屋久島へ

悪天候の屋久島へ


ちなみに夕食は河口にある中華料理店「龍鳳」で。
ビールを飲みながら、餃子と揚げ焼きそば、そして麻婆豆腐と、おいしく食べて満足でした。

民宿はツインのシングルユース。
アウトバス・トイレですが、お風呂は快適で、コーヒーの無料サービスもあり、居心地よく過ごしています。


今回の旅は、お天気の様子を見ながら、動きを考えることになりそうです。

2014年7月27日 (日)

2014年夏 石巻線・女川駅周辺

大川小学校からの帰路は、国道398号線を雄勝湾沿いの美しい景色を見ながら進み、女川に立ち寄りました。

女川は昨年、一昨年と石巻線代行バスで訪れています。

旧女川市街地を一望できる地域医療センターからは、港や駅のあった周辺は復興工事が本格化しそうな気配がうかがえました。

2014年夏 石巻線・女川駅周辺

2014年夏 石巻線・女川駅周辺

2014年夏 石巻線・女川駅周辺



その中に残る、震災で倒壊した江島共済会館。
何度見ても、津波の凄まじさが伝わってきます。

2014年夏 石巻線・女川駅周辺

2014年夏 石巻線・女川駅周辺

旧・石巻市立大川小学校

石巻でレンタカーを借りて、多くの児童が犠牲になった、石巻市立大川小学校があった場所を訪ねました。

被災した場所には、公共交通機関と歩きで行くことを旨としていますが、ここは行く術がなさそうで、初めてレンタカーを走らせた次第。


石巻駅から約20km、最初に目に飛び込んできた校舎の姿は衝撃的でした。

旧・石巻市立大川小学校


北上川の側にあった集落も、津波で全部なくなって、残ったのは校舎だけ。
それもかなりの惨状。

これを除けば山あいの静かな風景が広がっていて、とても津波が来るようには思えません。

それだけに、自然の恐ろしさが一層響いてきました。


旧・石巻市立大川小学校


旧・石巻市立大川小学校


旧・石巻市立大川小学校


旧・石巻市立大川小学校


あまり語る言葉が見つかりません。
慰霊碑の前で、静かに手を合わせました。

居たのは30分くらいだったと思いますが、その間訪れる人が絶えませんでした。


今、被災した建造物がそのまま残っているところは少なくなっていると思われます。

当事者ではないので軽々に言うことは控えますが、確実に言えることは、写真や映像で見るのと、実物を見るのとでは、感じ方が全く違うということです。



震災から3年。
震災から何も学ばない、それだけでなく、70年前の戦争でさえ、なかったことにしたいような為政者まで現れる昨今。


忘れてはいけないことをどのように後世に伝えていくか、一度冷静に考えてみる必要がありそうです。

2014年夏 仙石線東名駅・野蒜駅

今日は早起きして、仙石線へ。

仙台から松島海岸まで電車に乗り、代行バスに乗り換え。


途中、陸前大塚駅は元のホームが撤去され、新しいホームが作られるとともに、高い防波堤ができていました。
昨年来たときには海が見えましたが、もう見えません。

陸前大塚を過ぎると高架もできていて、新線の工事が進んでいるようです。

2014年夏 仙石線東名駅・野蒜駅


代行バスを東名で降り、駅のある場所へ。
昨夏は残っていたホームは撤去され、資材置き場に変わっていました。

2014年夏 仙石線東名駅・野蒜駅


仙台方にわずかに残る砂利が、ここに鉄道が通っていたことを辛うじて示しています。

2014年夏 仙石線東名駅・野蒜駅



次の代行バスで1駅進み、野蒜へ。

ここは駅舎が入っていた交流センターの建物にファミリーマートが入り、休憩スペースやトイレも整備されて様変わり。
車で立ち寄る人も多く、なかなかの盛況。

隣にあった、津波で破壊された店舗の建物はきれいになくなっていました。


2014年夏 仙石線東名駅・野蒜駅



駅構内に目を移せば、ホームや屋根は残っていましたが、傾いた架線柱などは跡形もなし。

2014年夏 仙石線東名駅・野蒜駅



東名・野蒜とも、新駅は内陸へ移転されるそうですが、野蒜のホームは震災遺構として残すつもりがあるのかもしれません。

2014年7月26日 (土)

2014年夏 常磐線山下駅

新地から代行バスで相馬へ出て、原ノ町まで往復した帰りは、山下駅に行くことにしました。

代行バスのバス停は山元町役場前にあり、駅まではかなり離れています。

かつて下車し、駅前の簡易郵便局で貯金をしたこともあるので、一度現状を見たいと思っていたんですが、今回ようやく寄ることができました。


山元町役場前から山下駅までの足は、山元町町民バス。町民か否かを問わず、無料で乗れます(一応「当面の間」ということになっています)。

たまたま「AKBUS」という車両に当たりましたが、これはAKB48が被災地に贈った車である由。

2014年夏 常磐線山下駅

2014年夏 常磐線山下駅



10分程で、山下駅前の停留所「花釜橋元商店前」着。

駅舎は昨年解体されたそうで、残っているのはホームと、駅舎横にあったトイレだけです。

2014年夏 常磐線山下駅


2014年夏 常磐線山下駅



駅横に「みんなの写真館」というのがあったので、のぞいてみました。

2014年夏 常磐線山下駅


被災状況を撮ったものに限らず、震災前の写真が多くあるほか、津波で浸水して止まった壁掛け時計が展示されていました。

写真館は橋元商店のご主人が始められたものだとか。

この写真館は一見の価値があると思います。

(ちなみに、山下駅前簡易郵便局は健在です)

2014年夏 常磐線坂元駅・新地駅

今日は、常磐線の代行バス区間をたどり、途中下車しながら被災した駅の現状を見てみました。

ここへは、2012年以来、毎年一度、定点観測のように来ています。


福島から岩沼乗り換えで亘理に着き、代行バスでまず坂元へ。

バス停のある国道6号線から一本道を15分くらい歩くと、駅にたどりつきます。
道路周辺には工事事務所がぽつぽつとあるだけ。

途中、6号線から少し入ったところでは常磐線新線の建設工事が行われており、クレーンなどが作業中。

坂元駅周辺は昨年来たときと変わっておらず、静かに津波の威力を物語っていました。


2014年夏 常磐線坂元駅・新地駅


2014年夏 常磐線坂元駅・新地駅


2014年夏 常磐線坂元駅・新地駅




バス停へ戻って1駅進み、新地へ。
新地のバス停は役場前にあって、周辺にはスーパーや喫茶店などもあります。

こちらでは、常磐線新線の工事とともに、駅前周辺市街地の造成が始まっており、ダンプカーの往来がひっきりなし。

2014年夏 常磐線坂元駅・新地駅



新地駅に続く道も、ダンプカーの出入りが多く、加えて工事車両誘導のおじさんもいたので、とても行ける雰囲気ではなく、引き返しました。

2014年夏 常磐線坂元駅・新地駅


一見すれば、ようやく復興が始まったということになるのでしょうか。


あれから3年。
「もう3年」か、「まだ3年」か…?

高湯温泉

昨夜の宿は、福島駅からバスで40分程のところにある高湯温泉「ひげの家」。

高湯温泉


仲間内でちょっとしたお祝い事があって、集まりました。


昨日今日の福島はかなりの暑さ。
お湯はやや熱め。しっかり温まり、なかなか汗がひきませんでした。

高湯温泉


でも気持ちいい温泉であることは確かで、結局何度も入って満喫した次第。

高湯温泉


高湯温泉



食事も夕食・朝食ともおいしく、かつ適量で満足できるもの。

高湯温泉


次は、寒い時期に来たいと思います。

2014年7月21日 (月)

隠岐3日目 ~牛馬を見ながら西ノ島・レンタカー旅~

あっという間に連休も最終日。

レンタカーで西ノ島の西部を巡って、締めくくりました。


最初に向かったのは赤尾展望所。
牛に進路を阻まれながらたどり着き、昨日海上から観た通天橋を遠望。
景色よく、天気よく、風も爽やかです。

隠岐3日目 ~牛馬を見ながら西ノ島・レンタカー旅~


次は鬼舞展望所で、ここでも牛を間近に見ながら展望所下の駐車場へ着き、徒歩で数分登って展望所へ。

隠岐3日目 ~牛馬を見ながら西ノ島・レンタカー旅~

ここからの西ノ島の眺めはなかなかのもの。
展望所のそばでは、馬の親子が草を食んでいました。



鬼舞のあとは国賀浜へ下って、通天橋を間近で眺めました。
昨日の観光船の船長は「通天橋は海より陸からの方がいい眺め」とガイドしていましたが、同感。

隠岐3日目 ~牛馬を見ながら西ノ島・レンタカー旅~



国賀浜から摩天崖へは遊歩道があり、1時間くらいで行けるそうですが、暑い上に登りではきついので、おとなしくレンタカーで移動。
体力もあり、旅ではかなり歩いていた20年前なら登っていたでしょうが…。


摩天崖からの眺めも青空に映えて素晴らしく、爽やか。

隠岐3日目 ~牛馬を見ながら西ノ島・レンタカー旅~


ここにも馬が親子始め4頭、のんびり草を食んでいました。
観光客の皆さんは、馬の側に寄って、楽しそう。

私は元来動物が苦手なので、皆さんのようにテンションは上がりませんが、これだけ間近に見られるのは貴重な機会ではあります。



あとは由良比女神社、黒木御所(後醍醐天皇行在所)跡に立って往時を偲び、隠岐の旅は打ち上げ。

隠岐3日目 ~牛馬を見ながら西ノ島・レンタカー旅~



帰りは別府港から高速船で七類まで1時間、満員のバスに立たされて境港へ、あとは行きの逆コースで帰名。
7時間30分程の行程で、やはり高速船は速いことを実感。


ちなみに、隠岐汽船はフェリー・高速船とも硬券が発券されるのが好印象。
手元に残らないのが残念ですが。

隠岐は想像以上にいいところでした。
未訪の島と合わせ、また来たいと思います。

2014年7月20日 (日)

隠岐2日目後半 ~西ノ島・国賀海岸めぐり~

島前・隠岐の島町をあとに、高速船で西ノ島へ。

昨日のフェリーでは両島間は1時間かかりますが、高速船は半分の30分です。


別府港に着き、遊覧船が出る浦郷港までは町営バスで移動。
今回の旅で、隠岐の陸上で公共交通機関に乗るのは最初で最後。

隠岐2日目後半 ~西ノ島・国賀海岸めぐり~


小さなバスは観光客と地元の人で席が埋まりました。
狭い道を行き、集落を丹念に結ぶバス旅はやはり味わいがあります。



浦郷港はのんびりした雰囲気で、日頃とは時間の流れ方が全く違う感じです。
こういうところに1週間くらいいられたら、相当リフレッシュできそうですが…。


遊覧船は、国賀海岸のポイントを1時間半でめぐるもので、乗客は11人。
天気が穏やかだったのは幸いで、摩天崖、通天橋始め、明暗の岩屋を通ることもでき、なかなか面白い遊覧船でした。
青空に景色がよく映えます。

隠岐2日目後半 ~西ノ島・国賀海岸めぐり~


隠岐2日目後半 ~西ノ島・国賀海岸めぐり~


隠岐2日目後半 ~西ノ島・国賀海岸めぐり~



宿は浦郷港から程近い「国賀荘」。
オーシャンビューの大浴場は上々。これが温泉だったらと思うのは贅沢ですね。

食事はあまり期待してなかったんですが、多すぎず少なすぎず、しっかりしたものが出されたのは結構でした。

隠岐2日目後半 ~西ノ島・国賀海岸めぐり~

隠岐2日目前半 ~レンタカーで島後めぐり~

2日目の午前中は、レンタカーで隠岐の島町めぐり。

隠岐の島町のポイントといえばローソク島が有名ですが、時間の関係で今回はパス。

海の景色が見たくて、まず向かったのは浄土ヶ浦海岸。
間近で岩が織り成す風景に加え、海の水のきれいなこと。
美しさに魅せられ、つい長居してしまいました。

隠岐2日目前半 ~レンタカーで島後の絶景めぐり~



お次は白鳥展望台。
天気のいいことと相俟って、高いところからの眺めに満足。

隠岐2日目前半 ~レンタカーで島後の絶景めぐり~



展望台への遊歩道沿いに咲く紫陽花もなかなかのものでした。

隠岐2日目前半 ~レンタカーで島後の絶景めぐり~


また、遊歩道脇に「竹島へ161km」始め、対馬・国後島・尖閣諸島の方角と距離を示す表示があったのは場所柄ですね。



このあと向かったのは隠岐国一宮である水若酢神社。
それほど大きな神社ではないけれど、なかなかの格を感じるたたずまいは上々。

隠岐2日目前半 ~レンタカーで島後の絶景めぐり~


ここから隠岐空港へ寄り、大阪からの飛行機で来た仲間と合流。
メンバーがそろったところで最後のポイント、玉若酢命神社へ。
ここは八百杉が見事でした。

隠岐2日目前半 ~レンタカーで島後の絶景めぐり~



行きたいところはまだあるものの、時間の関係で島後・隠岐の島町滞在はここまで。

再訪を期して、島前へ向かいます。

2014年7月19日 (土)

隠岐へ ~初日は長い移動と宿の夕食を楽しむ~

海の日3連休は、旅仲間と未訪の隠岐へ。

名古屋を7時過ぎに出発して新幹線で岡山へ、特急やくもに乗り継いで米子、境線で境港まで行き、フェリーで島後・西郷港へという、12時間弱の長い道のりでした。

それでも境港では地酒を買ったり昼食で早速乾杯したりと、乗り継ぎ時間を長めにして小休止し、ちょっとだけのびのび。

さすがに連休初日とあって乗り物はどれもかなりの混雑。


隠岐へ ~初日は長い移動と宿の夕食を楽しむ~


とりわけフェリーは2等桟敷は団体客も加わって大にぎわいで、慣れてない同行者はちょっと戸惑いぎみだった模様。

私自身は、例によってほとんど桟敷には居らず、船内を散歩したりデッキで景色を眺めたりと、退屈せずに過ごしました。

隠岐へ ~初日は長い移動と宿の夕食を楽しむ~



18時30分、まだ日が高い西郷港に入港。

隠岐へ ~初日は長い移動と宿の夕食を楽しむ~



今夜の宿は、港に程近い「隠岐プラザホテル」。宿の車が迎えに来ており、楽に運ばれました。

夕食はまだ明るい中、港を見ながら食が進みました。

隠岐へ ~初日は長い移動と宿の夕食を楽しむ~


特筆すべきはお品書きになかったヒラマサの頭が出されたこと。(4人で2つ)

隠岐へ ~初日は長い移動と宿の夕食を楽しむ~


同行の、この手の捌きに慣れたお姉さまのおかげで、かなりの部分を食べることができたので満足度高し。

他のものもおいしくいただきましたが、大きさのインパクト、味ともに印象に残る一品でした。

2014年7月13日 (日)

2014大相撲名古屋場所初日を観戦&「抱きしめてツナイト 名古屋プラス場所 初日」

2014大相撲名古屋場所初日を観戦&「抱きしめてツナイト 名古屋プラス

今日初日を迎えた大相撲名古屋場所を観てきました。


最近相撲人気が復活しているとあって前売券の売れ行きが好調とかで、今年は溜席の確保に失敗。
枡席最後列の1人用「ゆったり枡席」で、朝から1日のんびり過ごしました。

2014大相撲名古屋場所初日を観戦&「抱きしめてツナイト 名古屋プラス


今日は横綱大関陣には波乱なし。
三段目上位から幕下の取組に熱戦が多かった反面、幕内・十両の相撲はいささか低調。


おまけに日馬富士の取組後の振る舞いが粗暴なのは極めて遺憾。
人気が上がっているからこそ、一度来た人を逃さないためには相撲そのものの内容の充実が欠かせません。





2014大相撲名古屋場所初日を観戦&「抱きしめてツナイト 名古屋プラス

このTシャツは、東日本大震災復興支援として若手の親方を中心に取り組んでいる「どすこい日本プロジェクト」で買ったもの。
1枚1,000円と安く、毎年ささやかながら購入しています。



2014大相撲名古屋場所初日を観戦&「抱きしめてツナイト 名古屋プラス

こちらも恒例の「ちゃんこコーナー」は大盛況。
列が短くなった頃を見計らって、ようやくゲット。おいしくいただきました。



打ち出し後は、中日パレスへ移動し、トークイベント「抱きしめてツナイト 名古屋プラス場所 初日」に参加。

2014大相撲名古屋場所初日を観戦&「抱きしめてツナイト 名古屋プラス


相撲情報誌「TSUNA」の主催で、東京では何度か開かれているそうですが、東京以外の開催は初めての由。
中日新聞の読者向けネットサービス「中日プラス」が共催したので、会員である私もここから入場券を購入しています。


なかなか楽しいイベントで、特に元闘牙の千田川親方の、とても親方に見えない格好&トークの面白さはなかなかのインパクト。
ニコニコ動画でも中継され、かなりの視聴者があったようです。


また、サプライズゲストに元大関琴光喜が登場し、自身が経営する焼肉店の焼肉とソーセージが、1皿500円で提供されました。
どちらも満足できる味で、一度店に食べに行ってみたいものです。
(写真で紹介できればよかったんですが、撮影禁止だったので…。)

2014年7月 6日 (日)

名鉄三河線・旧西中金駅の今

昨日午後から今日にかけ、避暑と称してレンタカーを借りて豊田市(旧稲武町)の親戚宅へ。


当地の天気は土日とも今一つだったものの、蒸し暑くなく涼しく快適。
昨夜は旧知の店でビールと焼肉を食べたりあれこれ語ったりと、のんびりできました。



さて、自宅から稲武へ向かう途中、国道153号線沿いに、10年前に廃止となった名鉄三河線・西中金駅があります。
廃止後も駅舎・ホームがそのまま残され、数年前に国の登録有形文化財となりました。


昨日通った時に、工事関係者と思しき人たちが駅舎で作業をしているのが目に留まりました。
気になったので、今日の帰り道に、誰もいなかったのを幸いに立ち寄り、撮ったのが以下の写真です。

名鉄三河線・旧西中金駅の今


名鉄三河線・旧西中金駅の今

名鉄三河線・旧西中金駅の今

名鉄三河線・旧西中金駅の今

名鉄三河線・旧西中金駅の今


掲示の類が何もなかったので、どういう工事をするのかよくわかりませんが、状況から推測するに、永く保存するために必要な改修をするのと、クルマで来やすいように駐車場を整備するのではないかと思います。


いずれにせよ、往時の素朴な雰囲気は失わないようにしてほしいと願っています。

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