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2020年8月14日 (金)

お盆の時期に想うこと

久々の更新になりました…。

今年は新型コロナウイルスが猛威を振るい、いつもと全く違う生活を余儀なくされている。
まさか夏の盛りにマスクをつける生活が続くとは思わなかったし、趣味的側面で言えば、私自身、1月末以来旅をしていないという、受験生時代以来の事態になっているのをはじめ、毎年合唱団に応募してた「市民の『第九』コンサート」も中止。

現状について言い出せばきりがないが、今回はかねてお盆の時期に書きたかったことを綴る。

私も4度目の年男を迎えたので、それなりに黄泉の国へ逝った人を、身内も含め何人も見送ってきた。
お盆の時期に限らず、故人を知る人が集まれば思い出話に花が咲き、これが結構楽しいものである。
一方で、それとは別に、時折ふと頭によみがえる友人知人が4人いる。

それは、不慮の死を迎えた人と、自ら死を選んだ人だ。

このうち、後者の2人については、かつてこのブログでも触れている。

★Aさんのこと
突然のショックと悲しみ(2010.10.18)
http://miyap.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-d2e3.html

★B君のこと
同級生の訃報(2011.8.11)
http://miyap.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-e4aa.html

青空の下で(2011.8.15)
http://miyap.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-d919.html


Aさんは、私より6歳下だが、2001年に同期入社した人のうちの1人。
最初の職場が同じところだった(私は事務職、Aさんは専門職だったので部署は違うが)こともあって、妹のように見ていたところがあった。お酒が好きな人で、独身時代のお酒に関するエピソードは面白く、結構強烈に覚えているし、他にもいくつか印象に残る出来事がある。
あまり具体的には書けないが、「色んな経験をしてそうだから相談に乗って欲しい」と言われ、採るべき道について飲みながら話したこともあった。
最後に会ったのはAさんが産休に入る直前で、「育休が明けたら、また飲もう」と言って別れたのが今生の別れになってしまった。

あとは上記の記事を読んでいただきたいが、当時は書かなかったことがひとつある。
それは、私が同じ世界へ逝って出会ったときには、まずはひっぱたいてやりたい、と思っていることだ。
私もかつて同じような心境に追い込まれたことがあるので、相当辛いことがあったんだろうなということは、少しは実感として分かるところもある。
それでも、この思いは変わらない。


B君については、上記2つの記事に尽きる。
1つ付け加えるなら、通夜でお坊さんが説いたことは、仲間内で今でも実践していることである。
空に向かって「まだ話題にしてやってるんだぞ、ありがたく思え!」という言葉を投げつけたい。
間違いなく、我々が死ぬまで話題にし続けるだろう。


あと2人のうち1人は、上記2人と同じく自ら死を選んだ人。
その人(Cさん)は、かつての上司だった人で、15年ほど前にこの世の人でなくなった。
私が部下だったのは2年弱だが、割と良くしていただき、またどこかで一緒に仕事ができればと思っていた人だった。
訃報は、Cさんが異動されて数か月後のこと。
当時「なぜだ…!」という思いで告別式に参列し、怒りに近い感情で、棺に入ったご遺体を見たこと、そして、お父様があいさつの中で述べられた「彼には生きる力がなかった、ということだと思う」との一言を今でもよく覚えている。


最後の1人、Dさんは、宿直勤務中に強盗に襲われて亡くなった。
もう20年以上前になるが、犯人は検挙されておらず、いまだに自分の中で区切りがつかないところがある。
Dさんは6歳上で、鉄道趣味のサークルで知り合った方(ちなみに、このサークルはB君はじめ、私にとって多くの友人知人との出会いの場となった)で、名古屋在住の方。
それで私的には勝手に比較的近い存在に感じ、憧れのお兄さん的な感じで見ていたところがあった。その縁で、サークルの同人誌に追悼文を書く役を引き受けることにもなっている。

Dさんの訃報は、亡くなり方もあって、かなりショックだった。推測するに、正義感が強かった方なので、おそらく強盗と果敢に戦ったのではないだろうか。逃げ出していれば、ひょっとしたら助かっていたかもしれないが、それはDさんは絶対選ばなかっただろうなと思う。
事件現場は今は跡形もなく、全く別の建物が建っている。当時も今も時折この近くを通ることがあるが、そのたびにDさんのことが頭をよぎる。


このようなことを、今でもふとした拍子に時々思い出す。
これも、自分なりに「忘れないことが最大の供養になっている」と思い、改めて亡くなった方へ哀悼の意を表したい。

(ということを、一度書いておきたかった訳でして。今年ようやくできました…。)

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コメント

人それぞれ思いはあるのですね🥺
私も頑張ります。

>ricoさん

コメント、ありがとうございます。
亡くなった方の分まで、というわけでもありませんが、私も何とか頑張って生きていきたいと思います。

もう10年なのか。
いろいろあって4月に転勤で会えないうちに産休に入り、すぐまた会えると思っていたら突然の訃報。
彼女がいれば職場は変わったと今でも思ってる。
Cさんは多分Sさんだよね。
東海通りのバス停で会った時に様子が変で気にかかっていたら、こちらも突然の訃報。
やりきれなかった。
こちらはそれでも生きている。
この時期いつも手のひらを太陽に口ずさんでる。

>banさま
月日の経つのは早いと改めて思います。
彼女については私も同じ思いです。職場の中心となって活躍している姿を見たかった…。

後段についてもお察しのとおりです。
本当は姓のイニシャルにしたかったんですが、重複する方がいるのでやむを得ずAから順にした次第です。
そんなことがあったんですね。

時々思い出すと、とても寂しいです。

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