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カテゴリー「ニュース」の記事

2013年2月 9日 (土)

「『中学生日記』 国際エミー賞最優秀賞受賞」のニュースに接して

今日のNHKニュースから

「中学生日記」国際エミー賞最優秀賞に

世界の優れたテレビ番組に贈られる国際エミー賞の「子ども向けシリーズドラマ部門」で、NHKの「中学生日記」が最優秀賞に選ばれました。


※2013.3.10補足
上記ニュースのリンクが切れたので、代わりの記事を。

NHKアーカイブスブログ「アカイさんノート」
2013.2.15付記事「『中学生日記』 国際エミー賞受賞!」
http://www.nhk.or.jp/archives-blog/info/146828.html



「中学生日記」は、昨年3月までNHKで40年にわたって放送されてきた番組。

終了が決まった時には、惜しむ声が報道で紹介されていたが、私自身、今回のニュースを、番組終了のニュースともども、感慨深く聞いた者のひとりである。

なぜなら、かつてこの番組に出演していた経験を持つからだ。


出演していたのは、中学3年生と高校1年生の時だから、もう四半世紀前、昭和の時代のこと。

オーディションを受けたのは中学2年生の時。テレビの舞台裏を見てみたい、というのが動機で、どうしても合格したい、という強い思いがあったわけではなかったのだが、なぜか合格してしまった。

放送自体は毎週(当時は総合テレビで日曜13時から13時30分)あるが、生徒役は毎回代わるので、出演回数は年に3~4回くらいだったと思う。

出演が決まると、修学旅行のような、泊まりを含む学校行事以外の理由では断れなかった覚えがある。(テスト前などというのではダメ)
出演時のスケジュールは、火曜日から金曜日まで、18時から台本読み・立ち稽古・リハーサルを重ねて、土曜か日曜が本番の収録。
また、ロケがあると、次の週末に行われるので、2週にわたって取り組むことになる。

合格後の説明会で最初に言われたのは、「皆さんは仕事に来ているんだ」ということだったが、事実、私にとっては仕事をするということの一端に初めて触れた機会だった。

仕事とはいっても、総じて楽しい思い出のほうが多い。出演のお呼びがかかるとやはり嬉しく、NHKへ通うのも楽しみだった。
見るもの聞くもの、すべてが初めてのことで、応募の動機を満たすには十分すぎる環境だったし、いつもと違う同世代の人たちと交わることも楽しかった。

ちなみに、特に嬉しかったことが2つあり、ひとつは出演料が出たこと。結構な金額を戴いたように思う。もうひとつは、終了時間が遅くなると、タクシーで自宅まで帰るという贅沢な経験ができたこと。
この2つは、自分が何だか大人になったような感じがしたものである。


・・・1度だけ、準主役級の役をいただいたことがある。女子生徒メインの内容だったが、なぜか男子の中で一番重い役に選ばれた。

嬉しかったのも束の間、泣く演技やらナレーションやらの要求は容赦なく、かなり苦労したのも今となっては貴重な経験。

ここで自信がついていれば、今頃別の道を歩んでいたかもしれないが(笑)、幸か不幸か己の才能のなさを悟ったわけで。

この作品だけは録画してあって、2年前に久しぶりに観る機会があったのだが、まさに汗顔の至り。

我が家のテレビを地デジ対応に変えたときに、DVDしか観られない環境になってしまったので、VHS録画してある現状では我が家では観ることができない。
DVDに録り直しておかないといけないとは思うのだが、手付かずである。


↓自宅に残っている台本など。台本はほとんどが手書き。

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2008年3月 9日 (日)

2008 名古屋国際女子マラソン

名古屋国際女子マラソンが今日行われ、初マラソンの中村友梨香が優勝した。

有力選手がひしめく中、かなりのスローペースで始まった前半であったが、中間点から30キロ過ぎまでの勝負はなかなか見応えがあった。32キロ付近からトップにたった中村の走りは見事で、前半もう少しペースが速かったら、もっといい記録が出ただろうと思う。


さて、最も注目された高橋尚子はまさかの9キロ過ぎの脱落、完走できるかどうか心配な状態だったが、完走して27位となった。

僕自身、高橋と同じ1972年生まれであること(高橋は5月、僕は3月)、隣県の岐阜県出身であることもあって、ずっと応援してきた。

「年齢による限界説」などがささやかれると、何だか自分の世代がそう思われているような気がして、反発を覚えたものである。

今回も、高橋尚子なら優勝できるのではないかと期待していたが、まさかの序盤での失速であり、きわめて残念な結果となってしまった。しかし、それでも完走した姿は、「あきらめなければ夢はかなう」ということを示すことはできなかったが、「あきらめずにやり遂げる」大事さを伝えたように思う。


レース後の会見では、「これが今の実力」と認めた上で、昨年8月に右ひざの半月版切除手術をしたことを明かした。

やはり、手術後7か月でレースに臨むというのは、常識的には時間が足りないということであろうし、かつての師である小出義雄が、直前の調整の失敗ではないかと分析していたように、レース前にすでに勝ち目はなかったのかもしれない。

そんな状態でも、完走して倒れ込むこともなく、レース後は明るい表情を見せ続けたことに、高橋の人としての強さを感じる。

マラソンには、背後にいろいろなドラマがあるものだ、とつくづく思う。


高橋が口にする「夢はかなう」。

最近は、その前に「あきらめなければ」という言葉がつくようになったが、それは、自分自身にも向けられていた言葉だったのだと分かった。

そして、同じ「夢はかなう」でも、かつての「夢はかなう」と、現在の「あきらめなければ夢はかなう」には、この間に苦難を重ねたことによる違いがあることを改めて知った。

「まだやりたいことがある」と言う高橋。それが何であるのかは分からないが、変わらぬ声援を送り続けたいと思う。

2008年2月 5日 (火)

スキー場での悲劇

愛大生もう1人も死亡 スキー場雪崩(中日新聞)

http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008020502085079.html


亡くなった2人の学生をはじめ、雪崩に巻き込まれた学生が在籍する愛知大学は僕の母校であり、雪崩の起きた栂池高原スキー場は、かつて行ったことがあり、悲劇が起きたコースを滑ったこともあるので、他人事とは思えず、胸が痛む。

引率者の判断ミスということらしいが、もはや取り返しがつかない。立入禁止のところへ入るなど論外である。よくスキー場で、コース外で滑っている人を見かけるが、自然を甘く見ているということでは同列だろう。

慣れれば慣れるほど自然に対しては謙虚にならなければ、ということを心に刻みたい。

2007年5月28日 (月)

衝撃

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ひとつ目は、このニュース。

<ZARD>坂井泉水さん死去 病院のスロープから転落(毎日新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070528-00000024-mai-soci


がんを患っていたことも知らなかったが、かつてはCDをよく聞いていただけに、突然の訃報には衝撃を受けた。

不慮の死は、当人が一番心残りだろう。非常に残念の一語に尽きる。


もうひとつは、松岡利勝農林水産大臣の自殺。

現職大臣の自殺の報はかなりの衝撃だった。非常に痛ましいことではあり、死を選ぶということは他人にはうかがい知れない理由があったのだろうとは思うが、それでも、素直に残念だ、という気持ちにはなれない。

政治家の身の処し方としては、きわめて無責任であると言わざるをえないからだ。

「ナントカ還元水」の事務所費の疑惑やら、「緑資源機構」の関連団体から献金を受けていた問題やらで国会で追及され続けたのも一因ということになるのかもしれないが、一国の大臣である以上、追及を受けることは当然のことであり、それに対してきちんと説明するなり、辞任するなりすることがことが責務だろう。

本当にこれが原因で自殺したのならば、大臣・政治家という責務をわきまえていないとしか言いようがなく、全く同情しない。

凶弾に倒れて前途を絶たれた伊藤一長・前長崎市長のことを考えれば、きついことも言いたくなる。

この人は「西のムネオ」などと言われていたが、本家ほどの図太さはなかったということか。

いずれにせよ、気分の重い夜である。

2007年5月 7日 (月)

引退と訃報

大関栃東が引退を表明した。

体力の限界とか、けがとかが直接の原因ではなく、高血圧や脳梗塞といった健康不安によるものゆえ、やむをえないとは思うものの残念である。

度重なるけがで、大関から2度陥落しても1場所で復帰したことは特筆に値するが、反面、朝青龍と互角に戦う力がありながら横綱に届かなかったことは惜しまれる。

活躍を期待していただけに、時には厳しいコメントもしたが、ともかくも、満身創痍の中ではよくやったというべきだろう。今後は、体をいたわるとともに、彼の持ち味であった、巧さや力強さを備えた力士の育成に力を注いでもらいたい。


訃報は、あまり触れないつもりでやってきたが、今日は例外的に。

文学座の中心的存在であった俳優・北村和夫さんが死去。

NHK朝ドラ「ちゅらさん」で、一風館の住人(後に大家の夫)役で、さすがという存在感を示していた。あのキャラクターがもう見られないのは悲しい。

3月には植木等さんも亡くなったし、いい役者がだんだん亡くなってゆくのは、人はいつか死ぬとは分かっていても残念なことである。

2006年12月19日 (火)

紅白曲目決定

相変わらず体調不良その他でモチベーションの上がらない12月。

大して寒くもならず、全然年末気分も感じないまま、もう今年も10日あまり・・・。


今日、紅白の曲目が決まりました。

詳しくはニュース記事その他に譲りますが、個人的に思ったことをいくつか。

今井美樹は、「PRIDE」。

まあ、やっぱりこの曲になりますか。僕のカラオケ十八番でもあります^^

徳永英明は「壊れかけのRadio」。

代表曲だとこれになるのかなあ。個人的には「LOVE IS ALL」とか「風のエオリア」がよかったんですが。

今年のテーマが「愛・家族~世代をこえる歌がある」であると思うと、天童よしみには「愛燦燦」「川の流れのように」といった美空ひばりの晩年の名曲を、細川たかしには「浪花節だよ人生は」よりは、彼の声量を生かした「望郷じょんから」を歌って欲しかったなあ。

何回歌っても、いい歌はいいんだし、別に懐メロになってもいいんじゃないかと。

実際、「世代をこえる歌」、あるいはそうなって欲しい歌、ということにこだわるんだったら、他の曲を歌わせるだろう、という人が何人もいるわけです。

ある程度意識した選曲をしていることは認めますが、もっと徹底して欲しかった、とも思います。

2006年11月13日 (月)

旭鷲山引退

突然の引退にびっくりしました。

この人がいなければ、今日のモンゴル力士の繁栄はありません。

ともかく、おつかれさまでした。

今後はモンゴルに帰って政界入りなんて話もあるようですが、どんな身の振り方をするにせよ、モンゴルと日本の架け橋になるような仕事をしてくれればなあと思います。

2006年10月26日 (木)

祝・北海道日本ハム日本一!!

札幌で日本一決定!!

おめでとうございます!!

とにかく名古屋へ戻って欲しくないと思ってたので、ほっとしました。

今日も試合途中からのテレビ観戦で、セギノールの2ランの直後からやっと見ることができましたが、もう逆転されそうな雰囲気は皆無で、稲葉のホームランで確実にダメ押し。

これでSHINJOの涙腺が一気に緩んだんでしょう。最後の打席は三振かホームラン、と攻撃前から思ってたけど、予想通り。

胴上げもマウンドではやらず、SHINJOから始まって、最後に監督という異例のスタイル。

泣いてた人が多かったのもあんまりない光景で、見ていたこちらもちょっとウルッときました。

とにかく、おめでとう。

2006年10月25日 (水)

日本ハム、日本一へ王手!

日本ハム投手陣が踏ん張り、日本シリーズ3勝目!

帰宅してテレビを見たときは9回表、マイケルがぴしゃりと抑えたところを見ることができて満足。

ニュースで試合経過を追いましたが、注目の金村はピッチングでもきっちりお詫びした、というところでしょうか。

危ない場面も結構あって、勝った試合の中では一番の苦戦でしたが、やはり日本ハムがいい流れを保っている、というのを感じました。

対する中日はあと1本が出ず。井上のライト戦へのファールはほんとに紙一重だったけど、ヒットにならなかったのはやはり勝ち運がないということでしょう。

さあ、明日は再びダルビッシュVS川上の対決でしょうが、「札幌で決めたい」のと「名古屋へ戻りたい」のと、果たしてどちらが勝りますか。

日本ハムとしては、もう最終戦のつもりで、何が何でも勝ってもらいたい。今日も、2・3歩間違えれば中日に流れが行きかねないところではあり、名古屋へ行ってしまうとちょっと危険・・・、と心配せざるを得ません。

もう、ただ勝利を祈るのみ。

2006年10月24日 (火)

日本シリーズ第3戦 日本ハム6-1中日

小笠原に待望の初ヒット、しかもタイムリーツーベースで勝利。

帰宅してテレビを見たら、ちょうど稲葉がダメ押し3ランを打ち、いい感じでした。

中日にとって1勝2敗は予想外で、嫌な感じがしているはず。この雰囲気を大事に、流れが変わらないように、第4戦は全力で勝ちに行ってもらいたい。2勝2敗になると中日が息を吹き返しそうな気がする。

先発は金村でしょう。ある意味、この人が一番勝つピッチングをしないといけないはずなんで、どういう姿を見せるか楽しみにしたい。

さあ、こうなったらナゴヤへ戻らず、札幌で日本一をつかみとれ!